茨の主 - 5/6

 今日は荒野の山小屋で目を覚ました。
夜のうちにこっちに飛んでおいて体調を万全にして出発しようという案を隊長が受け入れたからだ。
皆結構どこでも寝られるタイプなので何にも問題ない。
ルーラというのは便利な呪文だ、一度行った事がある場所にイメージひとつで行けるというのだから羨ましい。
今度、機会があれば覚えたいと思う。
ただ、イメージと土地が食い違っていると魔法は発動しない。
この西のトンネル、そこに飛んでいく事ができなかった。
何かがおかしいと小さな引っ掛かりが集まって、事態はどんどん深刻になっていった。
軽く考えていた事が重量を増し、手に負えるかさえ厳しくなって来ている。

 朝の早さを恨み、後輩に八つ当たりした。
自分で付いていくといったからにはエイトには八つ当たりしにくかったのもある。
荒野を歩いていたときは後輩を茶化していた。
気楽に過ごしていた夕方までの自分が懐かしい。
何でこんな事になってんだろう。
何で予想する事ができなかったんだろう。

「ラグ先輩大丈夫ですか?」
 後輩のフォスの声で飛ばしていた意識を取り戻した。
「どれぐらい気を失っていた?」
 ゆっくりと倒れていた体を起こす。
節々に痛みは残るものの粗方の傷は治っていた。
「十分ほどです」
「んじゃ、現実逃避はここまでだな」
 戦い続きでまともに戦える奴は少ないっていうのにこんな時に伸びてちゃ恥かしいってもんよ。

何時間、戦っているだろう。
洞窟の入り口に歓迎会を開いてくれるかのごとく集まっている魔物たち。
次から次へとやってきてはなぎ倒していく。
お前ら、死は怖くないのかと叫びたい。
まるで狂ったかのように次々に押し寄せてくる。
ボスを倒した恨みてか?

「外に出られないし、前に進むのも一時間に一メートルぐらいです」
 もう自分たちは駄目なのかと、フォスがポツリと弱音を吐いた。
「前進してるなら文句はねーだろ!」
 ラグが怒鳴ってから前線に戻って行った。
また、怪我を作って戻ってくる。
何度繰り返したかわからない作業。
前進しているだけまし…そう思わないとやってられない。
「出口はすぐそこだって言うのに…」
 フォスは悔しそうに呟く。
役に立たない自分が腹立たしい。
先ほどから自分がしているのは倒れたものの手当てのみ、薬草も底を付きかけている。
才能がないらしく魔法で回復なんてできない、剣の腕も人並み以下。
「くそう! 薬草が足りない」
「回復は私が担当します」
 怪我で倒れていた兵士の一人が名乗り出る。
フォスよりも経験の高い、戦闘中、攻撃より回復を主に担当している。
「動いて大丈夫なのですか?」
「えぇ、隊長に助けていただきましたから、少しでもお役に立てると嬉しいです」
 少しやつれてはいるが声はしっかりしている。
先ほどまで死に掛けていたとは思えない。
兵士って言うのは皆タフなんだなぁっとしみじみ感じた。
「負担をかけます。僕もできる限り手伝います」
「はい、お互いがんばりましょう」
 フォスの言葉に兵士は力強い笑みを返した。
何気ない会話のやり取りで、フォスも希望が出た。
少しでも役に立ちたい、その思いが実現できるようがんばろう。
フォスはふと、懐に入っていたものを思い出した。
「何で気づかなかったんだろう」
「どうかしましたか?」
 エイト隊長から貸して頂いた貴重な道具。

 賢者の石…。

あぁ、自分はやっぱり馬鹿だ。
こんな重要なものを気づかないで大事にしまっているなんて…。
ポケットに入れていたそれをゆっくりと取り出した。
「それは…」
「うん、賢者の石です」
すっと、天井に向けて石を掲げた。
小さな光が広がり、戦っているものに癒しの力を与えた。

「賢者の石…」
「あのやろう! 使うのが遅ー!」
 エイトの呟きにラグが苦笑いを浮かべながら文句を言った。
「忘れていた僕も僕だけどね」
 自嘲気味に呟く。
その声は誰にも聞こえていない。
全体的に威力が戻った。
だいぶ、数は掃けてきている。
ここは一気に叩いて、勝負に賭けた方が時間短縮になる。
エイトはそう判断し、全員にテンションをためるよう叫ぶ。

 一瞬、皆の手が離れたその隙を突かれて攻め入られるのは得策じゃない。
槍をいったん後ろに納め、エイトは全身を使って真空波を打ち込む。
刃物のごとく、空を切り裂く。
(三発が限度だな)
 敵を怯ませ、こちらに引き付けていられるのはそれぐらいだろうと判断した。
もう一度、打ち込みながら、次の事を組み立てていく。
外に出れば、キメラの翼を使える。
皆、かなり消費している…怪我人を優先的に…。
「うわっ!」
 三発目のときに茨ドラゴン一匹が絡み襲っていた。
何とか回避したが、少々傷を負った。
「隊長!」
「構うな! 全員総攻撃」
 エイトは叫んで即座に槍を構えなおし、地面に突き刺す。
荒れ玉のような地獄の雷を降り注ぐ。
それを機に、なだれ込み出口に向かって一直線に進む。

 星が煌めく、夜空の下。
この辺りのモンスターに影響を及ぼしたボスを見つける事になる。
赤い大きな薔薇とそれを支える緑の茨。
「もう一匹ボスが居たんだな」
 誰ともなしに呟く声。
鳥が先か卵が先かわからないが、今まで見た事もないモンスターの出現。
黒より小ぶりだったのが、幸いなのか、悪夢の始まりなのかわからない。
ただ、走っていた勢いは完全に途絶えた。
「いや、これはチャンスだ」
 エイトは短く言った。
魔物はあれを守っている。
うまい事ひきつければ全員が外に出られる。
外に出れば後は…

「逃げるだけだよ」
 エイトは敵を警戒しながら手短に説明する。
「おとりは私とラグ。ゴゼフ先輩は逃げ道の誘導をお願いします」
「少人数過ぎませんか?」
 ゴゼフの言葉に少し影を落としてから真っ直ぐ見据えた。
「…皆、疲れて戦うのは無謀です。逃げる方を優先する」
「自分なら防ぎきれると?」
「あと少し、死ぬ気でやりますよ」
 誘導は私より先輩の方が経験地は上です。
戦うしか能がない私より短時間に誘導できるでしょう。
エイトはそういいにっこりと笑った。

 その会話を最後に持ち場に散る。
手短に説明している彼を尻目にエイト達は時間稼ぎを始める。
「あべこべだね」
 エイトは短くそう呟いた。
「でも、有無を言わせぬ微笑みはさすがだと思…いますが」
「ラグ、やっぱり僕は…ううん。行こうか、茨の帝王をやっつけよう」
「茨の帝王?」
 張り切りだしたエイトに複雑顔をしてラグは見返す。
「今、名前付けた」
「んな勝手に……」
 今は言うときではない。
そう結論付けて、敵目掛けて雷を落とした。

 

 ミーティアは空を見上げた。
まだ暗く、日が昇るには少々時間がかかる。
たが、夜明けは近い。
何でこんな時間に目覚めてしまったのか。
夜遅くまで起きていたからいつもならぐっすり寝ている時間。
「何故だかわからないけど、すごく怖い」

 旅の途中。
夜中にふと目を覚ますときがある。
そういう時は眠くなるまで空を眺めていることが多かった。
「眠れませんか?」
 お馬さんのとき、不安に押し潰されそうなときは必ずといっていいほど、そっと優しく声をかけてくれた。
エイトこそ寝てなくちゃっという思いで見つめていると「見張りは寝てはまずいのです」っと茶化したような返事が返ってくる。

会話はない。
昔からエイトはあまり多くはしゃべらない。
無口ではないのだが、主にミーティアがしゃべるのを聞いてくれている事が多かった。
お馬さんになってミーティアがしゃべれないからはこういう時は静かに空を眺めている。
昼間は言葉を捜して寂しくないように声をかけてくれるときが多いけど、静かな時間も大切にしている。
こういう時間の過ごし方も好き。
何もしゃべらず、だけど、お互いの存在を確認できる空間。

 その後、気づいたら寝ていて、朝のまぶしいエイトの姿を見て、すごくもったいないと思った。
空を眺めながら思い起こす旅のひと時。
決死の覚悟が無に帰った今、空を見て思い起こすのは不安ではなく幸福。
「…ミーティアはもう、エイトなしでは生きられないみたい」
 だから、早く無事で帰ってきてください。
ミーティアはここで待っています。
逸早く、あなたの存在を確認できるこの場所で…。