茨の主 - 4/6

「剣を貸してくれるかな…」
 エイトは静かにラグに告げる。
「本気か?」
「みんな覚悟を決めて…」
 皆、口に溜まった唾を一気に飲み込んだ。
洞窟内は暗く、黒い茨の蔓は背景と中々区別がつきにくかった。
いくらか進まないうちに人の姿が見えた。
目を凝らしても動かないその人物にエイトはまさかと思い駆け寄る。
幸い、エイトが想像していた茨化した姿ではなかった。
太くて長い茨が締め付け、兵士の動きを止めている。
かなり抵抗したのであろう、無数の傷が彼の体力を奪っている。
しかも、一人だけではない。
松明を動かしていくとここに派遣された全員が同じような状況に陥っていた。
「………」
 暗く確認できていないが皆酷い怪我のようだ。
このまま放置すれば確実に死ぬ。
「…蔓の先は暗くて見えないがおそらく事を起こせば気づく」
「最悪のパターンか」
 エイトの言葉にラグは苦虫を潰したように呟く。
「………」
 迷いは一瞬。
エイトは真っ直ぐに皆を見て言った。
「ここで戦闘なったら不利。だが、この状況で生きている人を無視できない」
 淡々と説明する。
まずは周りを明るくしてなるべく状況を良くする。
魔法は危険なので使用せず、剣を用い奥から順に助けていく。
生死の確認と治療を優先に行い、動けるものから順位洞窟の外へ非難する。
「以上。質問は?」
「誰が切る…りますか」
 ラグは質問した。
かなり太い蔓、切るのにも一苦労しそうだ。
しかも、敵になるべくなら気づかれたくない。
かなり重要な役割だ。
「私が切る。…早速、作業に入ろう。時間が惜しいからね」
 有無を言わさない口調の後、少しだけ微笑んでから皆を誘導した。
松明を付け石に固定する。
その作業が一通り終わった後、エイトはラグに剣を借りる。
「行くよ」 
 その言葉を合図に蔓を切り始めた。
力任せに根元からざっくり切る。
そのすばやさに驚きながらも自分の役割を思い出しラグは兵士を支えて蔓から開放さす。
栄養を送られなくなった蔓はいとも簡単に拘束を解くことができた。
 この蔓自身には意思がなく、重力に従い下に落下していく。
三人目の移動が完了したところで、ものすごい雄叫びがあたり一面を揺らした。
きやがったか…ラグは眉をひそめた。
「ラグ!」
 エイトの声に反応してそのほうを見ると、ラグの方に剣を投げた。
「後を頼む、足止めする!」
 槍を装備し奥へと走っていった。
走って行くと火ではなく別の現象で少し明るくなった場所出る。
黒くうねりを上げる茨の密集地帯。
「デカイ…」
 正面に現れたのは、直径三メートルはあると思われる黒い薔薇の花。
その花を支えているのはたこの足のように出ている棘のある蔓。
その内の二本がエイトを狙って伸びてきた。
間一髪で避けて、槍を構える。
「イメージで暗黒ローズと呼ばせてもらうよ」
 見た事もない魔物にギリッと食いしばる。
目が何処にあるかは、わからないが的確にエイトの位置を捉えている。
本体はあまり動かず蔓の素早い動きで相手にダメージを与えてくる。
エイトは行く手をさえぎる邪魔な蔓を切り本体である花の中央に突き刺した。
「くっ…」
 奴は待ってましたと猛毒の霧を吐き出す。
エイトはまともに喰らって、次の蔓の攻撃をかわし切れず、左腕にまともに受けてしまった。
幸い飛ばされて魔物との間隔が開いたため、毒治療と傷の回復する余裕ができた。
相手も花に受けたダメージが相当きついらしく、効いていないわけではない。

花を集中攻撃。
攻撃は遠距離。

頭で復習し、すっと目を閉じる。
槍を回転させ地面に突き刺す。
突き刺した地面を中心に魔法陣が広がり、地獄から雷を呼ぶ。
「ジゴスパーク!!」
 暗黒ローズは落雷にダメージを受けてよろめく。
自分を保護するようにフラワーゾンビが黒くなったようなモンスターを呼び寄せた。
「ブラックフラワーってところかな。まったく、次から次へと…」
 エイトは圧倒的な数の不利に何度もジゴスパークを唱えざる終えなくなった。
何度目かの攻防戦で湧き出るブラックフラワーを全て倒した。
戦っているうちに、奴らは植物に属していて炎の呪文に弱いこと知る。
「エイト…助けてくれ!」
 頬に切れた傷を拭いたときに後方からラグの叫び声を聞いた。
「状況は!」
 油断できない状態に振り返らず叫ぶ。
「危険な状態の奴が一人。回復じゃ無理だ。ここは俺が担当する。行ってくれ」
「…わかった」
 素早く駆け寄ったラグに簡単に弱点などを説明し、鞄から毒消し草を数枚取り出し渡す。
「吐き出す毒はかなりきつい。無理禁物。すぐ戻る」
 エイトは去り際にそういい、駆け出した。
「本当に何でも入ってるなその鞄」
 やや呆れながらも、軽く見送った後…ラグの背筋にはいやな汗が流れる。
「…こんな奴と一人で戦ってたのかよ」
 持ってくれよ、俺! 心の中で勇気付けるように叫ぶ。

 

 すぐ近くなのにすごく遠くに感じて焦りを生む。
「負傷者は!」
 ざっと見回したところ、茨の蔓からの救助は終わっている。
まだ怪我人の治療は完全には済んでいない状態。
「隊長! 駄目です。息をしてくれません」
 フォスが抱きかかえながら悲壮な声を上げる。
「世界樹の葉は?」
「既に使ってありません」
「…わかった。御苦労様」
 エイトは後を任せるように微笑むと兵士に相対する。
奥でラグと暗黒ローズが戦っている音が洞窟に反響する。
「…フォス達、戦えるものはラグの援護に向かってくれ」
「えっ」
「一人では正直きついと思う。ラグを死なせたくはない」
 少し息を呑んでから真剣に見返す。
「はっはい!」
フォスは気合を入れて柄から剣を抜き、ラグのいる方に走り出した。
一人の兵士がエイトの切れた頬を見つめて言う。
「隊長怪我なさっています」
「あぁ、これぐらい平気だよ。君もラグの方に」
「はい」
 ラグやフォスに比べて、寡黙な兵士だったので今回始めて会話らしい会話をしたことになる。
ルースタッフを渡したときも頭を下げるだけだった。
(名前は確か…)
 去り際、エイトは思い出したように彼の名を呼ぶ。
律儀に振り返る彼にエイトは言う。
「守備力強化を忘れずに…」
「はい!」
 元気をよくいい、駆け出して行った。

 

「間に合って…」
 エイトは手に魔力を集中させ意識のない兵士の体の中央に当て行う。
蘇生呪文を得意とするククールと違い、息を吹き返してくれる確率は低い。
天に祈るように呪文を唱える。

「ザオラル」
 光が兵士の体を包む。
しかし、光はそのまま力を失い放散していった。
失敗。
エイトは透かさず同じ動作を繰り返す。
先ほどより集中し、限界まで魔力を注ぎ込む。
諦めはない、ククールの時なんて五回ぐらい唱えた事があるじゃないか…。
あの時は本当に悲壮感があった。
ゼシカもヤンガスも祈るような気持ちになっていた。
何度も失敗したけど、ククールは今生きている。
一回では諦めないよ。

「ザオラル」
 光が兵士を包み込み、溶け込んでいく。
うまく、作動した、行けるか……。
ビクッと揺れた体から精気が漲る。
命の鼓動、上下する胸。
意識はまだ戻っていないが死の縁からは免れた。

「はぁ」
 こわばっていた肩から力が抜けた。
ゆっくりと抱えていた体を床に寝かせ、エイトも腰を下ろす。
「……隊長」
 後方から声が聞こえた。
少々横着をして体を反り返るようにその兵士を見た。
その人物を捕らえたエイトは目を見開く。
途端にくるっと翻して姿勢を正した。
「お久しぶりです」
「はい、今回ここの洞窟探索の指揮を取らせて頂いております」
 過去の世話になっていたゴゼフ先輩。
昔に舞い戻ったかのような錯覚を一瞬覚えたが、彼の言葉遣いで現実に引き戻された。
「………」
「幸い、隊長のおかげで死人は出ませんでしたが無様な物です」
 自嘲的な笑みを浮かべながら説明する。
洞窟内に入り奥まで進んでいくと、魔物の住処と化したいたこの場所で襲われる。
幾度かは倒す事ができたが数を相手に次第に不利となり脱落者が出てきた。
そして、倒れた仲間を茨は嘲笑するかのように彼らに絡み付き動きを奪い、助けに行ったものをブラックフラワーは返り討ちにした。
茨に捕まると身動きも取れないが、精気を吸い取られるような感覚に陥ったそうだ。
「私も最後はつかまり、力を失いました」
「そうですか、メンバーは欠けていませんか?」
 先輩の話を静かに聴き、エイトは確認を取る。
「はい、全員揃っております」
「では、一箇所に集まってください、一度に回復します」
 エイトは静かに見据えてそう言った。
余計な事を考えてはいけない。
今、必要なのは何かを考えろ。
(最高責任者は私だ)
「体力的にきついかもしれないがここは危険地帯。動ける事を優先する」
 エイトは静かに目を閉じて回復呪文を唱える。
全体に最大の癒しを送る呪文——ベホマズン
一人一人が光に包まれ、脱力感と共に痛みが消える。
エイトの頬の傷も完全に癒えた。
「動けるものは気を失っているものを助けながら洞窟の外へ」
この洞窟の中は少ないといっても魔物は出る。
「戦えるものは優先的に前に出て皆を援護。指揮は引き続き貴方にお願いします」
「隊長は…」
「ラグ達の方に向かいます。治療班もそのまま外に移動」
「わかりました。御武運を祈ります」
「先輩も…」
 エイトがそう言うと先輩が少し驚いたような顔をした後、ふっと笑った。

『お前はどうするんだ?』
『僕…私は行きます』
『そうか、止めはしない。突き進め』
『先輩も…』
『あはは、私を誰だと思っている』
『でしたね』

 小突かれた頭の痛さを覚えている。
表情を見てエイトは過去に先輩と交わした会話を思い出した。
初めて外の討伐に出かけたとき、色々教えてくれたのが先輩だった。
危なっかしい自分を助けてくれたこともある。
無事でよかった。
そうエイトは自分に区切りをつけた。
「すぐに行動に出て、時間が惜しい!」
 エイトはそう叫び、先輩に目で合図を送ってから、後方へ走り出す。
後ろから先輩の指示を出す声が聞こえた。
その声に再度懐かしさを感じたが、エイトは振り返ることなく爆発音が響く場所へと向かった。

「これでも食らいやがれ!! イオラ」
 ラグは爆発魔法を唱えた。
煙であたりが見えなくなってしまうが、もともと直接攻撃の得意なラグにとっての唯一の遠距離攻撃。
後から駆けつけてくれたフォスたちのおかげで何とか持ち直せた。
一時は死を覚悟するぐらいボロボロだったのだから…。
「見えないですよ」
「うるさい。お前も攻撃しろ!」
「無理です。届きません!」
 フォスの叫び声にラグも応答する。
ビシュッとすぐ側に茨が鞭のように通過していった。
「うわっ、俺らの位置わかるのか!」
この煙の中で…。こっちは煙でおおよその位置しかわからないのに。
もう一発、食らわそうと残り少ない魔力を手に集中したとき、そっと肩に触れるものがあった。
「!?」
 ハッっと思い振り返るとそこにはエイトの姿が…。
「下がって…」
 エイトは短くそういうと手にある電気を煙の中に投げ入れるような動作を取った。
一瞬、周囲が暗くなったかと思うと電撃呪文が物凄い音と共に炸裂した。
ポカンとしているとエイトは槍を構えて煙の中に突っ込んでいった。
「あっ、おい!」
「援護を頼む」
 慌てて、呼びかければそう返ってきた。
フォス達も反応してそれぞれの武器を構えてテンションを上げている。
ラグも負けてられないと同じく溜める。
エイトは襲い繰る茨を瞬時になぎ払い前に進む。
煙も徐々に晴れていき、暗黒ローズの全貌も見えてきた。
奴もだいぶ弱ってきている、逃げるのを優先にしていたがこれなら行ける。
下手に逃げるより、倒してしまったほうがいいと判断し、気合をためる。
槍先が光り一気に突き刺す、運が良ければ会心の一撃が出る。
「雷光一閃突き!」
 エイトは良い手ごたえを感じ、すかさず距離を取る。
相当ダメージを食らったのか苦しそうにもがき苦しみだした。
「総攻撃!」
 エイトは隙を与えないよう叫ぶ。
皆、待ってましたと自分の得意の攻撃を暗黒ローズに向け放った。
断末魔の叫びが辺りに広がり、暗黒ローズはぶすぶすといやな音を立てて消えていった。
周りを囲っていた黒い茨も少しずつ、その力を失っているかのように重力に従い下へとその向きを変えていく。
「怪我は…」
 エイトはその光景を見てから静かに問うた。
へばっている皆の姿を見て答えを聞かなくてもわかった。
それぞれに回復魔法を施し、激励の言葉をかける。
「へへへ」っと、達成感のある反応が返ってきた。
「行こう」
 ゆっくりと立ち上がったエイトはそう言い歩き出した。
もう一がんばりだと、皆後に付いていく。
後は帰るだけだと、そのとき皆そう感じていた、エイトでさえも…。