茨の主 - 6/6

「全員退却できました」
 思ったより時間がかかったが、無事退却できたとフォスとゴゼフ先輩は叫ぶ。
「よし」
 ラグを先に退避させ、最後に特大の雷撃呪文をぶつけて、走り出す。
作戦は成功した。
怪我人を魔物から遠ざけられた。
皆、疲労しこれ以上は戦うのは無理だ。
一時退却。もうすぐ日が昇る。

 今回は全員無事一人もかけることなく救出でできた事を喜ぼう。
敵の脅威はまだ計り知れない。
万全を期して再び……。

「隊長! 小隊長が!!」
 兵士の叫び声で今後を考えていた思考を中断した。
エイトは兵士の指差すほうを向いて舌打ちする。
疲れで、頭の回転が鈍っていた、さっきから失態ばかりする。
(優先順位を間違えた)
 途中で蔓の攻撃に会い倒れてしまって逃げ遅れたフォスを守り一人あの茨の帝王と戦っている。

「先輩!」
 エイトは魔物を怯ますために電撃を打ち込もうとした。
しかし、打てない事を悟る。
自分にも限界が来ていた。
「……」
 後もう少しなのに、もう少しで終わるのに……。
軽く振り返る。
皆、使い切って、ボロボロの姿が見える。
「…後を頼む。あとさ、敬語要らないよ」
 エイトは穏やかな笑みを浮かべ、静かにラグに令した。
はっと、我に返るラグ、どういう意味か聞く前にエイトは駆け出していた。
「エイト?」
敵に強引に、五月雨突きを打ち込む。
「隊長!」
「行け!」
 先輩へ申し訳ない程度にかける回復魔法。
後は、逃げる時間を稼ぐだけ……。

時間稼ぎ…。

 あぁ、もう強力な技は打てない。
やばいな、逃げ切れる保証もない。
ちらりと後方を伺う。
二人が逃げるスピードと魔物の襲うスピード。
あぁ、こんなにも違いが出てしまうものなのかと、それほどまでも肉体的にも精神的にも追い込んでしまった。

(隊長失格だな)

 自嘲気味に笑った。
……怒るかな、それとも、泣くかな。
城で無理をしないでと悲しそうな目をした彼女の顔が浮かんだ。
まぁ、何とかなるかな。
今度は、馬鹿な事を考える自分に笑った。
決意は固い。
後は実行に移すだけ……。

「…最後の意地だよ」
 エイトの不適に笑って呪文を唱える。

 途端、ものすごい爆発がガゼフ達に襲い掛かかる。
吹き飛ばされ、転がって、先ほど立っていた位置からかなり移動させられた。
皆、何がおきたのか理解できなかった。

唐突の爆発。

 とても長い長い沈黙が訪れた。
煙が払われ、
全てがクリアになったとき、ここにいる全員、何がおきたかを理解した。

自己犠牲呪文。

 すべてを放ったエイトがゆっくりとその場に崩れ落ちるのを目撃した。
「「隊長!」」
 それぞれ近寄ろうとする。
ガサッ、まだ瀕死だが生き残っていた奴が何匹かいる。
瀕死な奴ほど何をするかわからない。
「まて! 周りを注意しろ。まだいるぞ!」
 ラグは必死の思いで、近づくなと告げた。
託されたのだ。その意思に背いてはいけない。
「このまま、引こう」
 エイトを置いて退く決意をしたゴゼフにフォスはよろけながら食って掛かる。
「隊長は我々を助けてくれたんですよ!」
 なのに、ほって帰るんですか!
「ここにいては我々が全滅するだけだ」
 それこそ隊長の意思に背く。
冷静に一種の冷酷さを思わせる瞳でゴゼフは言う。
そんなことって息をのむ。
一瞬の躊躇いが悪夢を生む。

 炎を吐く茨のドラゴン。
奴らはすぐそばに来ている。

 ラグはもう駄目だと思った。
今、キメラの翼を使うことができるかっと、天を仰ぐ。
エイトの稼いだ時間を無駄にしたくない。
固くこぶしを握り締めたその時、第三者の声が響く。

「伏せろ!」
 その声と同時に鉄球が飛んできて、魔物を一掃した。
あっけなく倒れる魔物。
どかどかと魔物の密集する場所に入っていき鉄球を振り回す。
ぐるぐると何回か振り回しただけで完全に立っている魔物がいなくなった。
もともとある程度瀕死だったのか、自分は何をそんなに苦労していたのかと疑いたくなるほど簡単に終わりが来た。
我々は助かった、救世主の出現に…。

「貴方は…」
 声の主を見、ラグは言葉を失った。
エイトと共に世界を救った仲間の一人。
 ヤンガス。
なんともタイミングよく心強い方が来てくれた。
だが、彼にとっては最悪のタイミングだったらしい。

「兄貴!」
 倒れたまま身動きしないエイトにヤンガスは駆け寄って抱き上げる。
「息してねぇ」
 ヤンガスは周囲に蘇生呪文ができる奴、また世界樹の葉を持っている奴はいるかと尋ねた。
しかし、皆首を横に振るだけだ。
誰も持っていないし魔法を使える者は魔力をすべて使い果たしていた。

「くそっ! アッシがもっと早く来ていれば…」
 悔しそうに己を罵声し、地面を強く叩いた。

『いやな予感が取れないのです。父や皆に言ってもエイトが付いているから大丈夫だって言うだけなの』

 必死で訴える姫様にヤンガスが行くことに進み出た。
兄貴の助けになるならこのヤンガス、火の中水の中どことでも行きやす。
力強く胸を叩いて、早速出て行こうとするヤンガスにミーティアは止めた。
「待って、せめてこれを持っていって、役に立つといいのだけれども」
手持ちがなくてこんなので悪いけどと手渡されたのは二枚のキメラの翼。
ヤンガスは礼をいいその一枚を使って飛び出した。
「…兄貴は連れてくぜ」
 ヤンガスはエイトを抱え、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
もう強い魔物はいない。
後は自分達で何とかしてくれとばかりに懐からキメラの翼を取り出し、高く放り投げる。
一瞬で連れて行かれ、姿を消した。

 それを見送っていたラグはひとまず安心した。
エイトを慕っている彼のことだ、悪いようにはしない。
「…全員無事だな」
 力なくそういった。
満身創痍とはこのことだろう。
とにかく、心身ともに疲れた。

「帰ろう」
 近辺の調査は明日から行えば良い。
今の状況ではろくな調査にならないからだ。
一度、おぞましい跡地を振り返り、ラグはキメラのつばさを放り投げた。
朝日が地上のものすべてを赤く染め上げていた。

 

「エイト!!」
 光の線で着地した人物が誰かとわかりテラスから外へと駆け下りた。
ヤンガスに抱きかかえられているエイトはぐったりしていて精気がない。
思わず、何度も叫びそうになった。
「今から、教会に連れて行きやすから安心してくだせぇ」
 錯乱状態になるミーティアをヤンガスは落ち着かせた。
 
(そうよ、エイトはまだ死んでない)

 いくらか自分を落ち着かせて、三度ほど深呼吸する。
「ありがとうございます、落ち着きました」
 ヤンガスに笑いかけてから公園のベンチにエイトを寝かせるよう促した。
一瞬、何をするのかと驚いたが、ミーティアのことエイトを見殺しにするなんてことが選択肢になるはずがない。
ヤンガスがゆっくりとエイトを寝かすとミーティアはそのすぐそばに跪き、優しく傷ついた頬を撫でた。
その瞳には意志の強さが宿っている。
「エイトはわたしが助けます」
 ミーティアは目を閉じ、ひとつ深呼吸してから、祈るように手を組み歌う。
この城に受け継がれている聖なる歌を…。

「こいつは、驚いた。精霊の歌だ」
 ヤンガスは夢心地にその歌を聞く。
昔、歌に魔力を籠め、それを聞いたものを癒す者が存在すると聞いた事があった。
今まで聴いたことのないだが確実にある歌である。

 精霊の歌。

 精霊を呼び込み復活を願う。
蘇生魔法、ザオラルの別のバージョンだ。
魔方陣で印を踏む代わりに歌として魔法を呼び込む。
歌の流れにそって、光がエイトに集まり癒していく。

この国に伝わる聖なる歌。
代々、その力は受け継がれていく。

 エイトだけでなく聞いているものに心の回復を促す。
「馬姫様は只者じゃなかったんでがすね」
 ヤンガスは感動したとばかりに涙を流す。
歌い終わりと同時に、うっすら目を開けるエイト。
途端、緊張していた糸が切れミーティアの目に涙があふれる。
声に出したくとも声にならない。
エイトはミーティアの姿を確認するとふんわり笑った。
「あぁ、なんとかなちゃった」
 かすれた声、一番そばにいたミーティア何とか聞こえる音量で呟く。
「エイト、ミーティアは色々言いたい事があります。でも今はお疲れ様とだけ言うわ」
「んっ…」
 返事を聞いた後、ミーティアは再び歌い出す。
それは、心地よい睡魔に襲われる歌であった。
今まで、限界まで張っていた緊張の糸が切れ、エイトは細く長い息を吐いて深い眠りに落ちていった。

言いたい事はたくさんある。
でも、今はエイトと共に居られることを喜ぼう。
ミーティアの頬を流れる滴はキラキラと輝いて、奏でる音共に鳥が朝を呼びかける。

 城内はいつもと少し違う朝を迎えた。

 END