茨の主 - 2/6

 翌朝、エイトたちは予定通りに荒野の山小屋から西に下っていた。
空は快晴で気持ちよい日。
「あんときゃ、俺、笑い死にするかと思ったぜ、本当に災難だったな」
「笑い事じゃないですよ!! 首が飛ぶかと思ったんですから」
 ラグが笑い飛ばしている中、赤くなった顔で真剣に答える。
入って一年も経ってないのに早々に首になってはと冷や汗モノだった。
しかも、首の理由はノックの後、返事を待たなかったなんて最悪すぎる。
 結局、ラグが間に入って有耶無耶にしてくれなかったらどんな目にあっていたか想像しただけでもぞっとする。
一兵士のフォスにとって、今までの中で最大の失態だったのだ。
しかも有耶無耶ついでにラグは一緒に行くとまで言ってきた。
何事かと思うエイトに「久しぶりに話したいし、新人の教育係って事で!」と、さらりと流し、今現在共に行動している。
 ラグはエイト隊長よりすごいのではないかと密かなる噂だ。
逆に寛容な隊長がすごいという意見もある。
「ないない。あいつはそんなことしないって、隊長補佐ならいざ知らずな」
「え? ヴォルフさんはそんなことしないよ?」
 ラグの言葉に黙って聞いていたエイトは誤解だといわんばかりに口を挟んだ。
そんなエイトにラグは冗談交じりで言い聞かすように言う。
「おいおい、隊長補佐を甘く見ると痛い目見ますよ。隊長」
「う~ん。厳しかったのは確かだけど…。あっ、気をつけて来るよ」
 あごに手を当てて考え事のポーズのまま、目線だけを前方に向けて行動を探る。
一匹の爆弾岩と数匹のマッドハンドが現れた。

「エイト指示を頼む!」
 剣を構えたラグが叫ぶ。
「…爆弾岩は私が倒す。マッドハンドは仲間を呼ぶから周りに気をつけて全体に万遍なく攻撃!」
 一瞬考えた後、エイトは指示を出した。
皆一斉に飛び出した。
ある者は閃光呪文を発し、全体攻撃ができない者は一人一匹という形で攻めて行った。
エイトは一撃で爆弾岩を倒した後、槍で風起こし、マッドハンドをなぎ払う。
止めとばかりにラグは持っていた剣で最後の一匹を倒した。
「皆、怪我はない?」
「はい! さっすがエイト隊長です。的確な指示であっという間に敵を倒せました」
 エイトの問いに答えながらもフォスは尊敬の眼差しを送る。
他の隊員も同等の眼差しだ。
今回、この討伐に志願した甲斐があるってもの。
少人数なので、苦労したものだ。
エイトは一歩引いた形で、少し困ったように笑い呟く。
「僕だけの力じゃないよ…。旅の時もそうだったけど、何で最終的に僕の指示を仰ごうとするんだろう」
「的確だからだろ?」
 ラグがどうでもよさそうに言う。
「そんなもの?」
「そんなもんですよ」
 しっかりリードしてくれよ、隊長さん。
ラグは笑いながら先を促した。
頼りない雰囲気をかもし出しているが、エイトほどいざという時に頼りになるものないと断言できる。
しかし、自分が茨で身動き取れない間に、ここまで置いて行かれるとは思わなかった。
未だに抜けぬ友達感覚でも時たま見せる多種の強さ、遠くの存在になったと感じてしまう。
そんな己をごまかして、悪友気取りを続ける。
望みを捨てないために…。

 

 荒野が切れ、緑が増える境界地点。
エイト達は言葉を呑む。
在り得ないものがその草原一帯に広がっていた。
「茨の蔓が何でこんなところに…」
 過去に城を埋め尽くしていた茨。
それと全く同じ蔓が四方に延びて行く手をさえぎっている。
西の洞窟までまだ距離があるというのにこんな状況とは…。
先行部隊は無事なのか?

「隊長……」
 不安な声が響く。
エイト自身、嫌な予感が脳裏に掠めてならない。
戻るべきか、進むべきか…。
幸い行く手をふさいでいるが全く進めないわけではない。
そう、まるで向こうがこちらを誘っているような微妙な隙間がある。
「誰か一名、陛下にこのことを報告。後、トロデーンで待機。私は人命救助に行く他のものは…」
「行くさ。ただ事じゃないくらいわかりますよ」
 ラグもフォス達も真剣な表情で頷く。
これはもうただの土砂崩れやそこいらにいる魔物の仕業じゃない。
過去の脅威の余波か、新たな闇が現れたのかわからないが生半可なことではやられる。

 エイトは警告を込めて、誰も近づかないように伝令を頼んだ。
「わかりました。隊長もお気を付けてください」
 一人の兵士がキメラのつばさでトロデーン城に戻った。
それを見届けてから、エイトはゆっくりとその茨の森に足を踏み入れた。
「これは厄介なことになりそうだ」

 先へ進むにつれて茨の密度は酷くなっていく。
それに伴い、数を増やし襲ってくる茨ドラゴン。
そして、その中に違う茨の蔓を見つけた。
「なんなんだ、これは…」
 ラグは顔をしかめながら、辺りを見る。

 黒い茨…。
エイトの表情も硬くなる。
いやな予感が取れない。
目の端に横たえる牛の姿が見える。
遠すぎて生死の判別はつかない。
茨が襲い、人々が茨に替えられる。
恐怖に歪む人々の顔。
状況が把握できないまま全身を茨で覆われていた人。
今のところ茨自身が襲ってくるということは無さそうだが、また見るのか、呪いで時を止めた城のような…。

 エイトは小さく首を振り、前を見据える。
「行こう。自分の身を最優先に他の者の安否の確認する」
 静かにそう良い、ゆっくりと歩き出した。
ラグが後に続き、二人の兵士も恐々ついていく。
「…黒茨ドラゴン!」
 茨ドラゴンを漆黒に染め上げたかのような魔物が姿を現した。
しかも、一匹や二匹じゃない、この茨は無限に魔物を呼び出すのか…。
動揺し始めた兵士にエイトは叫んだ。
「バラけるな、一箇所に集中。少々強行突破する」
 真空波で敵を怯ませ、五月雨突きで洞窟目掛けて切り開いていく。
「ラグ! 足止め」
 ラグが後方に回り、爆発呪文を唱えた。
「イオ!」
 爆発である程度時間稼ぎができた。
「走れ!」
 エイトの指示に全員がトンネルの場所まで走り出した。
途中、何度か現れた魔物に足止めを食らったがエイトの強力な攻撃で一瞬に倒された。

「エイト?」
 何かを恐れている。
そんな焦りのような雰囲気をかもし出している。
ラグはそんなエイトを見て戸惑いを覚えた。

 

 ミーティアは会議室から出て、そのまま会見の間へと急ぐ。
夕暮れの時で、すでにシャンデリアには灯が燈っていた。
会議の終わりに差し掛かって、一人の兵士がその会議の間にやってきた。
「会議中じゃぞ!」と、父は言ったが耳打ちされた事柄に大慌てで会議室から出て行った。
出て行く寸前に「ミーティア後は任せたぞ」っとウインク付きの一言残して…。

 何事かと皆見やったが、ヴォルフの「会議を続けましょう」という言葉に身を引き締め直し、会議を再開した。
会議中、不安になったが、この国の状態を把握するには疎かにはできない事も知っているので真剣に尚且つ速やかに終われるよう努力した。

 会見の間には既に父の姿は無く、近くにいた兵士が『封印の間』にいると教えてくれた。
礼をいい、その足で封印の間に急いだ。
今は使われていないが昔、邪悪な杖が封印されていた場所。
何故、そんな所にいるのかわからなかったが心の底からいやな思いが流れ出る。
長い階段を忙しなく上がっていくと、一人ぽつんと魔法陣を眺めている父の姿が見えた。

「お父様…」
 静かに自分がここに来たことを知らせるため名を呼ぶと振り返らず父は呟いた。
「のう、姫や世界は平和になったんじゃよな」
「えぇ、エイトたちが闇の支配者ラプソーンを倒してくれましたから」
 今、ミーティアや父が人間の姿に戻れた事が何よりの証拠。
その言葉に、父は悲しそうな目で天井を見上げた。
「そうじゃな。だが、世界はまだ何者かに犯されておる」
「……」
 ミーティアは静かに父の次の言葉を待った。
「西の教会の近くにあるトンネルが封鎖状態なのは知っておろう」
「はい」
 エイトがその原因を突き止めるために出向いているはずだ。
もうその報告が来たと言うのか。
確かにエイトの魔法で荒野まで飛んだので時間の短縮にはなっている筈だからその可能性は高い。
でも、父の表情ではあまりにも悲しそうでただ事ではない事を知る。
「そ奴の報告では茨があの場所一帯に広がっているそうじゃ」
「茨」
 思い出したくも無い過去の状況と酷似している。
何故そんなものがあのトンネル近くに出現しているのか…。
「そうじゃ、封印されていたこの城のようじゃとエイトは呟いていたそうじゃ」
「エイトは…エイトは帰ってきたのですか?」
 危険だと尚更自分が赴いたほうがいいと言っていたあの表情が思い浮かぶ。
昨日の事だというのに酷く遠い。

「人命救助のためその茨の中に入っていったそうじゃ」
「……っ」
 西回りの情報が遅れている理由、単に道に迷っていたというのなら良かった。
もし、あの茨の中に入って、戻ってこられないのだとしたら、救助に向かったエイト達も大変な事になるのでは…。
トロデーンの時は術者がすぐにその場を去ったのであれ以上酷くならなかった。
今回は…。
「あぁ、エイト」
 無事でいて欲しいと願うばかりである。