茨の主 - 3/6

「こっこれは…」
 ラグの何度目かの驚きである。
洞窟の入り口を漆黒の蔓が行く手を塞いでいる。
「ふう、彼らがここに閉じ込められた可能性も出てきたね」
 無事だといいんだけど、と少し上がった息を整えながら呟く。
ここまで、ほぼ全力疾走だった。
しかも、ただ後ろをひたすら走っていたラグたちと違ってエイトは前線で道を作っていたのだから、疲れは倍ほどあるだろうに厳しい顔のままあたりを探っている。
倒しても現れるモンスター、四方を囲まれてどこにも行けなくなってしまう。
人命救助どころか自分は助かるのかと一瞬でも考えてしまった。
「下がって…」
 エイトはそういって退かした後、目を閉じて集中した。
エイトの周りに魔方陣が出現し、魔力を高める。
「ベギラゴン」
 最大級の閃光呪文を唱えた。
辺りが炎に包まれ、次々に焼け落ちて行く。
運良く巻き込まれなかった茨は一時的に蔓を引いく。
「今だ!」
 一気に洞窟内に駆け込むと暗く、だけど物々しいほどぽっかりと空いていた。
「何でこんなところに空洞が……」
 ラダが呟くとぽっと光が燈った。
エイトがたいまつを燃やして光を作ったと気づくまで少し時間がかかった。
「少し休憩しようか…。日も暮れたしこれからどうなるかも考えないといけない」
 たいまつを立てかけながらエイトはそう言った。
幸い、洞窟の中は蔓の数が少なく、比較的に安定している。
細心の注意さえ怠らなければ大丈夫そうだと判断できた。
「あっあの! さっき蔓を焼いた魔法は…」
 始めはかなりへばっていたフォスも体力が回復して、暇を持て余したのかおずおずと尋ねた。
「ベギラゴンのこと? ギラの進化形って言えばいいのかな。洞窟前の茨を燃やす威力が欲しくってね」
 一箇所集中ならメラミぐらいでいいと思うが、残念ながらそれが使えない。
「この魔法だと範囲を小さくするのが難しい」
 前に、ゼシカがやっていたのをまねようと思ったんだけどやっぱり無理があったなぁ。
少し苦笑いを加えて説明した。
「さっ流石ですね。あんなすごい威力の魔法初めて見ました!」
 少々あっけに取られたが、改めてすごさを感じでフォス達は意気投合していた。
「そう? そんなんだったら、ゼシカのを見たらきっと引っ繰り返るかも」
「ゼシカさんて、隊長の仲間の女性ですよね。うわぁ、どんなにすごいんだろう」
 クスクスと笑いながら赤くなったり、青くなったりしている兵士を見てしばしの休息を取った。

 

「さて、今後の事なんだけど」
 エイトはある程度、休んでから切り出した。
皆、リラックスしていた身を整えて聴きに入る。
「現状ではこの奥に何があるかわからない」
 先にこの地に行った者がどうなっているかも不明。
わかる事は、その者達とすれ違っていないってこと。
それに、茨が自然発生ではこんな事にならない。
この先、何が待ち構えている可能性のほうが高いから慎重に進めたいと思う。
問題は生存者の確認とここの原因の追究なんだけど…。

「優先は前者で後者は後でもいいが…」
「最悪両方が同時になるってわけか…。そうならない事を祈るしか…祈るだけですね」
 ラグはエイトの言葉を被せて、軽く身震いをした。
「…最悪な事にならないために」
 っと、エイトはごそごそと鞄を探る。
そこから柄の付いた水色の綺麗な宝石と、緑っぽい杖を取り出した。
床に並べられたそれを見て皆興味津々に見る。
「何ですか?」
「えーっと、賢者の石とルーンスタッフ」
 効果は…っと一つ一つ説明する。
「全体に効果があるから一人ずつ持ってもらうと助かる」
「んじゃ、フォスお前持っておけ、こいつはお前でいいな」
 賢者の石をフォスに渡し、もう一人の兵士にルーンスタッフを渡した。
フォスは杖を見て、ふと疑問に思う。
「彼は、杖装備できませんが…」
「大丈夫、掲げるだけだからできなくても操作可能だよ」
 杖自身の力によるものだから、出すタイミングを操作するだけでいい。
「ラグはいいの?」
「俺は攻撃専門なん…ですよ」
 最終確認するエイトにラグは笑って言った。
「そう、じゃぁ、ラグにはこれを装備してもらおうかな」
 力の盾といってね…っと説明しながら取り出したのは中央に丸い水晶のような玉をつけた立派な盾が出てきた。
「…何でも出てくるな。ありがたく装備するが…」
「そお?」
 旅の間はもっと酷かったと心の中で思ったが軽く流す事にした。
ふと横を見ると渡された道具を盛ってカチカチに固まっている二人が見えた。
そんな、おどおどと戸惑っている二人にエイトはにっこり笑って言う。
「そんなに硬くならないで、お守りみたいなものだからね」 
「「はっはい!!」」
 その言葉に気合を入れて、ギュッと握り締めた。
この勤務の重大さを再確認する。
他の兵士は少しうらやましそうにそれを見ていた。

 

 夜、トロデは緊急に人を集めて西の洞窟の対策の提案を募る。
「さて、どうしたもんかね」
 玉座に腰をかけて思案する。
「詳しい状況がわからない以上、荒野の山小屋に兵を一時待機させ、出方を伺うのはどうでしょうか」
 という意見を大臣が提案した。
「うむ、その方がええかのう」
「いや、トロデーン城に多くを配備したほうが良いでしょう。いつ襲ってくるかわかりませんから、トロデーン城に近い西の教会に派遣しましょう」
 ヴォルフは守りを主張する。
多くの意見を整理しながら、トロデは上を見上げ思案する。
「うむ…」
「洞窟に行った人の救助は…」
 エイトの身に何かがあったらと口には出さないが不安でしょうがない。
王たるもの私情は入れてはいけないことはミーティアも良く知っている。
けれども、誰もその事を触れないのは少し悲しい。
「エイト隊長が直に指揮を取っています。大事には至らないかと」
 ヴォルフはその心配は不要だと言い切った。
確かに、エイトは強い。
何も心配する必要は無いのだけれども、何故か不安だけは取り除く事ができない。
考えがまとまったのか、トロデは視線を戻し、口を開いた。
「よし、西の教会に兵を送ろう。人数、指揮者の一任はヴォルフに任せる」
「はっ!」
「荒野の山小屋には念のため、治療者を向かわせよう。負傷者が居るかもしれん」
「手配します」
 それぞれ、指示を仰ぎ、ちりじりになっていった。

 

 ガランとした広間で、ふうとトロデは小さなため息をつく。
平和を喜んだのがつい最近だと思っていたが、中々ゆっくりはできぬものよと嘆く。
ふと、うつむき不安そうにしているミーティアに気づき、トロデは優しく声をかける。
「ミーティアやそんなに心配せずとも大丈夫じゃ。エイトはよき働きをしてくれるじゃろう」
「……はい」
 この不安は杞憂に終わる事を願う。

 思考中にバンッといきなり扉が開いた。
いつの間に雨が降っていたのか、そこにずぶ濡れの男が入ってきた。
「会見時間はとうに過ぎています! 明日以降訪問願おう」
「知ってるでがす。あっしは兄貴に会いに来ただけでい!!」
 文句を言う近衛兵に独特の口調と声で言い返した。
ミーティアは立ち上がって名を呼んだ。
「まぁ、ヤンガスさん!」
「こりゃぁ、馬…ちがった姫様じゃないでげすか」
 元気でやしたかと、嬉しそうに走ってきた。
「これ! しっかり拭いてから来んかい!」
「おっと、すまんでがす。おっさんも相変わらず元気そうでげすね」
 水を含んで重たくなったぼろぼろのマントを強引に絞りながら言う。
相変わらずさにミーティアの顔に笑みが浮かぶ。
「外は雨でしたの?」
「いぁ、あれは酷かったでがす。洞窟から出た瞬間に降ってきやしてね…」
 と、どんなに大変だったかを説明しようとして、ミーティアの傍にいない人物を思い出した。
もっとも自分の武勇伝を聞いてほしく、ミーティアの傍にいて一緒に聞いてくれる人物。
「ところで、兄貴はどこでげすか?」
「エイトは…お仕事中です」
 ミーティアの顔がすこし曇る。
いくら鈍いヤンガスでも徒事でない何かが起こったと悟る。
「姫さん話てくだせぇ」