「今日は遅くなるぞ」
何時も帰る時間に連絡を入れて定時に帰らないことを告げる。
電話相手は心配性なので何かあったのではないかと直ぐに慌てふためくので忘れないように気を付けている。
以前にやらかした話もあるが今はどうでもいいだろう。
今回、遅くなる理由は何かよくわからないがティエから助けて欲しいと言われたからだ。
ローレ自身が何に役に立つのか皆目見当がつかないが、行ったら分かるだろうと部室に向かった。
「これを装備してボディガードになって欲しい」
早速シンプルな青い柄の部分だけの剣を受け取る。
これはいつも使っているやつのように見えて、先端に取り付けてある赤い宝石の部分に違和感を覚える。
基本、戦闘専用魔具は練習用を除き、闘技科で一括管理されている。
要は気軽に持ち出せないのである。
勿論、メンテナンスや新規開発を一部魔術科に任せているのでティエ自身が持っているのは問題ない。
問題ないが何故渡されたのかよく分からない。
そんな危険な場所なのだろうか?
「これは何だ?」
「ん? 魔改造した稲妻の剣。基本的な使い方は一緒、威力は強めだけど君なら大丈夫、大丈夫!」
良いのかと思ったが、用途はわからないが必要だから渡されたのだろうと納得する。
柄だけをクルクルと回転させて丈夫さを確認する。
「問題ないぞ!」
「では、いざ行かん!」
ティエに導かれて着いたのは技術科の一室。
既に二人が待機しており、冒険部の人数が増えていたことに驚いた。
簡単な説明を受けたのち、二人を紹介してもらった。
正式部員ではないらしい。
でも面白そうだなと思った。
よろしくと言った後、一人が気になっていたのかまっすぐこちらを見た。
「研究対象との事ですが、どのような事をなされているのですか?」
黒髪の少年——ナインの質問がよくわからずティエの方を思わず見てしまった。
「普段している事を教えて貰う程度」
「授業を受けているだけだぞ。あとサッカーで遊んでるな!」
ティエとローレのそれぞれに受け答えに『成る程』と言った。
質問にうまく答えれたか不明だがナインはお礼を言ってくれたので大丈夫のようだ。
「なんか違う気がする。普通名前の確認が先じゃない?」
ピンク髪の女性——キラナが何とも言えない納得しきれない苦虫を噛んだような顔をしていた。
その反応にティエはゆっくりと笑みを浮かべる。
「彼はローレ君。今回どんな場所になるかわからないので戦闘要員に連れてきた」
ティエの説明のうち、最終的に何か危険なことをするのだけは解った。
「二人を守ればいいんだな?」
「そんなところ。闘技科の武術コースだから保証はする」
とまあ、そんなこんなで合流した二人と現場に行くと騒々しいことになっていた。
右往左往に動き怪しいものは片っ端から移設する作業をしていた。
「技術科の一致団結は目を見張る」
ティエはそう呟く。
おおよそ検討はついた事柄を全て調査し、全技術科のメンバー総力戦にて推測を確信に変え魔具の駆除を試みている。
あそこまで多種多様な人達が同じ目標があるとはいえ、心を一つにして動いているのが圧巻である。
そして、ルアムと言う名の赤髪のプクリポは一筋縄ではいかない男であることが認識できた。
ティエ達、冒険部が乗り込むというのを許してくれなかった技術科でピペの帰りを待つ役、兼、むやみに立ち入らないように見張り役の男に止められていたのだが、それをあっさり説得した。
尚且つ、言動では想像つかないほど切れ者でもある。
こちらが何を欲しているのか把握し、協力を申し出た。
裏があるのではと勘ぐっているのすら見透かされており、こちらの利益があることをつらつらと並べる。
言動に惑わされると痛い目を見そうである。
ただ、話の内容は悪い話ではない、大学生が部活に入ってくれるとなるとかなり有利に働くのは確かである。
学園外の冒険を将来見据えている身としては、高学年がいるというのは大きい。
一度目を閉じ、覚悟を決める。
「いいでしょう。今は乗り込むことを優先し、その後と契約は後でやりましょう」
ルアムにそう言い、ピペの描いている途中である大きなキャンバスに目を向ける。
「原因が分かった今、魔具の種類とエンチャント方法、誰に頼んだかが分かれば、犯人に行き着くのは時間の問題。そのまま任せておけば良い」
そう、この部屋で、尚且つこの筆で丸を描けばいいのである。
それが、異世界への扉が開く合図。
何という事故が増える簡易なシステムだろう。
割合的に芸術部が一番いなくなる理由が多いのはそのためだろう。
「成る程、同じ条件にする事でピペさんがいなくなった環境を再現するのですね」
ピペが使っていた筆に隠された裏エンチャントが付いていることは調べ済みである。
同じ部屋にしたのは魔具同士の共鳴によるものもあるからである。
ナインがそのことに気づき納得する。
「大丈夫なの?」
キラナが改めて不安に感じるのは分かる。
「さあ、でもそこへ乗り込むには行くしかない」
なるべく大きな丸を描く…と空間がゆがむ感覚が襲う。
眩暈のようなものを感じて目を瞑る。
すると、世界は一転していた。
あたりを見渡すといろんなキャンパスが散りばめられており、それが宙に浮いている状態であった。
中にはきちんと額縁で覆っているものもある。
一番に目につくのはキャンパスであるが、それ以外にもありとあらゆるものが散らばっている。
「何が起こったの!?」
すぐ後ろにいたキラナが声を上げる。
「恐らく、技術科で攫われた人たちの作品」
一人目は芸術コースの人でピペと同じく絵を描いている人であった。
二人目は建築コースの人であった。あの浮いている椅子やタンスはその人によるものであろう。
三人目は職人コースの人であった。あの木工道具やツボがそれだろう。
四人目も職人コースだったが、裁縫の方で、あの鮮やかな赤いドレスがそれにあたるかもしれない。
五人目は芸術コースのうち石膏を作っている人であった。浮いている胸像がそれだろう。
「なるほど! 殆どが一級品だね。生徒とは思えない技術力を持っている!」
鑑定したら絶対価値が上がると、少し目を輝かせている。
彼女の目利きは素晴らしいものがあるのだろうと、価値観についてはあまり関心がないティエは思う。
「あれ?」
辺りを見渡して気づく人が足りない。
ティエとキラナの二人しかいないのである。
入るのに失敗したのだろうか?
手元を見ても先程の筆は持っていない。
自由に出入りされない為というのもあるだろう。
これは困った。
「キラナさんこれは厄介なことに出入りを先に見つけた方がいいかもしれない」
「そうなの? でも行けるところは一か所しかないね」
確かに後ろには何もない空間が広がっているだけで、行けるところはない。
行けるところと言えば、目の前に大きな扉だけである。
石でできてそうな立派で重そうな扉である。
「…不思議空間。これはいったいどんな仕掛けがあるか楽しみ」
出入口を探さなきゃと言う冷静さが不思議な状況への探求心が勝った瞬間である。
危険など顧みずに取りあえずその扉に触れる。
「えぇー?」
その切り替えの早さにあっけにとられつつもキラナは追いかける。
そこからが、何というかどこと言うか迷宮の迷路のようになっており、扉を開けようとしてもその扉に触れるだけで、別の空間に飛ばされるのである。
部屋はそれぞれテーマがあるようで、可愛らしい布の巨大なぬいぐるみが鎮座している部屋や、家具の細工が細かいゴシックルームと言えるようなものなどなど、上げたらきりがない。
それらを吟味するとかなりの人がもしかしたら行方不明になっていたのかもしれない。
その人が思い描く理想の部屋と言うべきだろうか、それが形作られていると言っても過言ではない。
「しまったな。ピペさんの趣味を聞いてなかった」
こんな部屋になるのなら、彼女がどういう風に描いているのかが分かれば目的地に到着するのではないだろうか…。
不幸中の幸いはあまりモンスターや家具、ぬいぐるみに襲われないことである。
いや、一回は襲われかけて逃げたともいう。
いやぁ、芸術は怖い場所である。
「そうねー。趣味かはわからないけど、最近のピペの作品傾向は知ってるよ」
最近は抽象画で独創的なタッチの中に彼女独特の世界観があり、それを前面に出した幾何学模様ともいえるような混沌とした絵は人々の心を鷲掴みにすると云う感じである。
こう、ぐわーとして、ゴーとなって、ギュッとなる感じだそうである。
「…そ、そう。それをイメージして扉に触れて貰ったらもしかしたらその場所に行けるかもしれない」
一応逸れないように互いの体に触れながら、キラナはバルーンアートが飛び交う部屋の扉を触る。
「ここが、ピペさんが描く世界?」
七色のほわほわした空気が辺りが包み込んだ。