怪奇ガラクタ城

 ティエが足を運ぶ場所は技術科の根城である北棟である。
建物自体はこの学園内で一番新しいが、技術科の作成する有りとあらゆるもので埋め尽くされている為、技術科の人以外は何が重要で何が不要な物なのか全く判断できない。
下手するとガラクタにしか見えない物も公的手続きをしたのならば億に跳ね上がるのもあるかも知れない。
ないかも知れないが…。
言えるのは現時点ではどれも公的手続きをしていないので、全て無価値な物。
よって通称ガラクタ城と呼ばれている。
 
 そんな足場の限られた廊下を物品を壊さぬように歩くティエは後ろから付いてくる二人にこのガラクタ城で起こっている奇妙な噂の話を説明する。
 
 付いてくる二人とは、人間男のナインと人間女のキラナ、共に冒険部入部希望者である。
部室から出ようとしたら丁度興味を持って来てくれていたのである。
人間の種族はこの学園内において全生徒中の半数弱を占めている。
人数比的には男女が揃うのは珍しくはない。
ないのだが、名前と言動からこの二人と組んだら面白いことになりそうだと思ったのである。
ナインとキラナのそれぞれ固有の噂は少し耳にしたことがあり、とても興味深い研究対象になりそうと思っている。
今は入部してくれるように誘導して探究心を擽らせたい。
ナインの方は普通に入ってくれそうなので、キラナが興味を持ってくれるかが肝となるだろう。
 
「一部的神隠し噂はご存知? それがこの技術科に起っている」
「神隠しですか? 神域である山や森で、人が行方不明になったり、街や里からなんの前触れも無く失踪することを神の仕業として捉えていた概念ですね。今でも唐突な失踪のことをそう呼ぶことは多いです。実際に神が関わっているかの確証はない筈です」
 ナインの用語説明に驚くものの確かに現状ではただの行方不明をそう呼んでいる節がある。
本当に女神様が関わっているのなら興味深いと思うが、そうでない事実が多いので残念でならない。
「しかし、一部的と言うのは?」
「数時間行方不明になって、皆が心配して探し出す頃にひょっこり現れる。その間の記憶はなく、自分自身が行方不明であったことに気付いていないらしい」
 技術科は色んな趣向の専門家見習いの人が大集結しているにも関わらず結束は硬いのである。
それは芸術コースに所属しているエンターテイナーであるルアムと言う陽気なプクリポのお陰であるらしい。
彼は動画配信もしており、学園内でも人気をかっさらっている。
ティエ自身もたまにその動画を見たことがあるぐらいではあるが、言い回しや他者への配慮は楽しむことに全力を注いでいるのが見て取れる。
 
「何それ怖っ!」
 キラナが眉を顰める。
「これが一回や二回ぐらいなら、たまたま皆が見かけなく本人が寝ていたとか、偶然で済まされるかもだけど起こった回数は全部で五回」
 五の数を指で示しつつティエも原因を考える。
戻ってくると言っても一時的にどこへ行っているのかが気がかりである。
人がそう簡単に消えるはずがない。
それこそマジシャンが行う物理的トリックがなくてはならない。
それを建築コースや芸術コースの人たちが見逃すだろうか?
 
「確かに五回は多いですね。何かあると思ってもいいかも知れません。起こる場所はバラバラなんですか?」
 ナインも顎に手を当てて考え出す。
「統計を取れる程、共通点はないけれど、唯一言えるのが芸術コース受講者が利用する教室付近だと言うこと、数が少くないから偶然かもだけど」
「成る程、なので詳しい現場を見に行くために芸術コースの人達の話を聞きに行くんですね! そういえば、記憶がない以外に何かないんですか?」
 ひょいと身軽に最後の障害物を乗り越えて、芸術コースを受講している人たちの中で美術を選考している人が作品作りのために籠る部屋が並ぶ廊下に差し掛かった。
「少し疲労していることが…」
 ティエが噂の話を思い出しているときに、ドタドタとけたたましい足音が鳴り響き、前方からドワーフの男がやって来た。
そんなに音を立てると廊下の壁に「静かに!」と書かれた張り紙の主張の如く、怒られるのではないだろうかと思うが、一大事にそんなことを言っている場合ではない。
 
「何があったんです?」
「誰だオメーら? そんなことより大変だ! ピペが居なくなった!!」
「どう言うこと?」
 一瞬見知らぬ人たちに声をかけられて、少し警戒するもそれどころじゃないとばかりにまくしたてる。
「おらピペに頼まれてた新しいイーゼルを届けに行ったんだ。絶対この時間にここに居るって言ってたけど、いねぇ! ルアムの旦那がいないときになんてことだ」
 オロオロと左右を見ながら動揺しているのがわかる。
連日の行方不明事件が皆の感覚を過敏にさせている。
 
「イーゼル、キャンパスなどを固定するための器具。画架ともいいますね」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
 確かに一瞬イーゼルとは何のことだと思ったが、捕捉説明するナインにキラナが突っ込む。
いいコンビかも知れない。
「最後にピペさんを見たのは誰ですか?」
 大声で叫ぶドワーフの男の声に何事だとこの周囲にいる人達がワラワラと集まってきた。
好都合とばかりにティエは確認する。
 
「あーもう! ピペってあの有名な画家じゃん! 情報収集は任せてちょーだい」
 キラナは一旦何か考えるようにしてから、彼女が居なくなる損失でも考えたのか、叫んでから協力を申し出るようにティエの方を向いた。
それに心強いと心の中で思い、頷くことで対応する。
「では、ドワーフさん。ピペさんが居るはずだった場所に案内してください」
 状況整理が大事である。
ティエはキラナの行動に口角を上げる笑みを作ってからドワーフの男に促した。
もし居なくなったすぐであるなら何かの痕跡があるかも知れない。
「あんた達は?」
 さり気なく現場を仕切っている何の面識のない謎の一行を見据える。
「私達はこの行方不明事件の噂を調査に来た冒険部一行です」
 決まったかなって思ったけど「はあ?」と呆気に取られるだけで何の効果もなかった。
「私はただの見学者だからね!」
 キラナは正式部員じゃないと主張する。
 
 
 
 ピペが居たと言われている部屋は日の光を浴びてガランとしている。
巨大な作品を描く際に利用されている部屋らしく、天井が吹き抜けで中央に巨大なキャンパスがそそり立っている。
書きかけなのだろう足場が組まれているそこに筆とパレットが落ちており、落ちた衝撃で絵の具が少し飛び散っている。
確かに、これはさっきまで誰かがいたことが理解できた。
証拠に飛び散った絵の具はまだ見た目からして乾いていなさそうである。
辺りを見渡すと巨大な物が多いが、巨大な絵が悠々と置けるだけあって、まだ広さに余裕がある。
 
「確かに誰かが居たようですね」
 ナインの言葉にティエは頷く。
そして、改めて中央のキャンパスを見る。
「確かに、誰かに作為的にどこかへ飛ばされた風に思えるね」
「やはりこれは……」
 ナインは何かを言いかけたが、口を閉ざす。
「ねえ、なぜ貴方は…いえ、今はそのことについて語るときではない」
 普通科だと言うこの少年はこの異様なキャンパスについて分かっているように思えた。
まだ特定はできないが、魔具が使われた痕跡があるのである。
絵の具か、または、筆か…。
一連の行方不明事件にも何らかの確証はないが、魔具が使われていたと考えていいだろう。
 
 魔具と言っても性能を上げるために筆やキャンパスにつける人はいる。
絵の具のノリを良くしたり、滑らかさを出す為に使うこともある。
表現力をさらに駆使するために使われることさえある。
魔具を使うこと自身は芸術のセンスを問われる一つなので、使われていること自体は何ら不思議ではないのである。
 
 問題は魔具の使われ方と言っていい。
上手く誤魔化しているが、何らかの転移魔法が使われている可能性がある。
旅の扉という一定の場所への移動手段として、日常に使われているものに近い何かが…。
 
 
 
 一通り現場検証を終えたティエはキラナの報告を待って、ピペの捜索は技術科の人に任せる。
最後にピペが使っていた筆を一つ貰い、ピペが帰ってきたら、教えて欲しいと伝える。
そうして第一回目の捜査を終え、その場を後にした。
 
 キラナの報告で分かったことは、普段は自由気ままで人がまばらであるが、行方不明事件が起き始めてから最近は固まって作業していたとのこと。
しかし初等部であるピペは人より一般の授業が短い為、皆が集まるまで一人で作業していた。
その時を狙われたと言う感じである。
そして、最近、技術科以外の人から何かを買ったと言うのは購買部で絵の具を買った程度であることぐらいで、ピペに関しての特に重要なことはなかった。
 
 ちなみに、この学園ではある程度の物なら購買部ですべて賄えるほど、品揃えがいい。
例えなかったとしても注文すれば、数日で届けてくれるという訳である。
全く、有難いことだ。
 
「それで、何かわかったの?」
 キラナが自分の情報が上手く使えないかと尋ねた。
「この筆以外にもきっと何かあるってことぐらい」
 そう、芸術コース——特に美術系は作品を生み出す。
空中でクルクルと筆を回すと、キラキラと線が浮かび上がる。
この部屋は呪文封じがされている部屋で、下手なことをしても魔法は発動しない。
この筆に本来のついてほしいエンチャント以外が付属されていることが分かった。
「つまり、転移魔法を発動させる魔具が技術科のどこか至る所にあるということですか?」
「そう、そして他の魔具のエンチャント効果によって、痕跡を誤魔化している」
 キラナが思いのほか仕事をしてくれたので、五人の共通点が見えてきた。
全員、行方不明になる前日に何らかの器具を職人コースの人にお願いして作って貰った道具を受け取っている。
本来なら職人コースで作った道具にエンチャントは付かない。
なのにそこに付加価値を付けている人がいる。
付加価値、つまり、魔具化である。
誰かが小細工しているということだ。
 
 職人コースの人が頼んだこと以外のエンチャントを付けている魔術科の道具コースの奴がいるということだ。
一癖も二癖もある奴しか魔術科にはいない。
面倒なことこの上ない。
 
「で、冒険部としてはなにするのさ?」
 大体の全容が読めてきたので、大概は興味失せていると言ってもいい。
ただ犯人探しも重要だが、問題は未だにピペが帰ってきたという報告はない事だ。
彼女の身に何かが起こったことは間違いないだろう。
今までの人とそれ以外の違いはまだ判らないが、少なくとも初等部からの特待生だ。
他の人にはない何かがあると見ていいだろう。何方かと言えば、そちらの方に興味がわいてきた。
 
「予想外の展開で彼を呼ぶ時が来たみたい」
 もっと、推理ゲームみたいに誘拐した犯人はこいつだとかそんな展開を予想していたが…。
これは、相当厄介かもしれない。
転送された先に何が待っているか、楽しみである。
 
「今夜、ピペさんが飛ばされた場所に乗り込もうと思う」
 

 続く