亜空間の崩壊

「散りゆく芸術。後世に残らずに一瞬の輝きを得るためだけの芸術は素晴らしい」
 ティエはピペの物理的に爆発する芸術的感性に感嘆を覚える。
「凄いけど勿体ないよー」
 キラナは最後の瞬間まで見逃さないように撮り続けているが、少々落胆の表情が拭えない。
確かに、爆発の瞬間の芸術は何ものにも代えがたい美しいもので、それまでの美しさはこの爆発の仕方を想定して描かれていた、と言うことは理解できる。
しかし、それでも元も巨大な作品として完成されているように見えていた為に残していて欲しいという気持ちが拭えないというようであった。
その横で物凄い達成感と共に興奮で高揚しているピペがガッツポーズをしているのが見えた。
 
 そして、もう一人この空間にいる。
空間を作り出した主。
ピペ達技術科のメンバーを誘拐した張本人。
面長の顔と色白で血色の悪い肌、無駄に威厳のある眼鏡をかけている燕尾服を着た魔物。
後方に高級そうなシルクハットが落ちていた。
あの爆発の直撃でよく無事なものだ。
ある意味無事ではないかもしれないが……。
膝を折り曲げ、細長い両手を上げ天に祈るように硬直している。
 
 どうやら、収集家だったようで、この空間を一種のアートとして様々なものを彼なりのテーマで飾っていたのであろう。
そこが爆発したのである。
しかも爆発させたのは長時間、閉じ込めて置きたいと思わせたピペの作品だ。
精神的打撃は数知れずであろう。
 
 
 
「なるほど、とてもいい攻撃手段」
 ティエはほくそ笑み、しゃがみこんでから興奮しているピペの頭を撫でた。
「いいものを見せていただきました。皆が心配しています。ご一緒に帰って頂けますか?」
 ビクッと一瞬させてしまったようだが、コクンと頷いてくれた。
「え、でもいいの?」
 キラナが放心状態の魔物に対して心配そうに振り向く。
「今の我々では戦力が足りないので、応援を呼ぶしかないし、相手は直ぐに立ち直れないと思う」
 今回がダメ押しだったのは変わらないが、ここへ戻ってくる前にも何か精神的なダメージを受けていたような疲れた形相だったから、逸れメンバーと合流してからでも遅くはないだろう。
「空間の開き方わかるの?」
 現時点ではどこへ行くという場所がなく、完全に閉じ込められている。
「ピペさんの協力があれば…」
 先程、爆発を作り出す魔法陣を見せてくれた本。
そこにきっとヒントが載っているであろうことが推測できる。
「いいですよ」
 ティエの説明でペラペラと本を捲り、効果的な模様を探し出す。
それを見せてもらって調合した絵の具を渡す、そこからその図面通りにピペが描き出す。
 
 
 
「綻びが見えました! ここです!」
 不意に少年の声が聞こえたかと思うと、一筋の光が走り空間に切れ目が出来た。
何という力業、そんなことをするのは一人しかいない。
「おぉ! うまくいったんだぞ」
 真っ先に転がり込んできた剣を携えている青いヘアターバンをゴーグルで固定している少年——ローレが声を上げた。
「兄ちゃん。よくやったな!」
 作戦があったのだろう。
同じく転がり込んできた赤い毛玉もとい、愛らしいプクリポの見た目で食えない男ルアム。
「追い出されたときに落ちた空間から脱出できなければ、どうしようかと思いましたが上手く行ったようで何よりです」
 最後に優雅に入ってきたのは制服を隙なくきっちりと着こなしている見た目は模範生なナイン。
つまりは最初にこの亜空間へ入るときのメンバー全員がそろったことになる。
 
「丁度いいときに来てくれた」
 ティエは宴が始まったとほくそ笑む。
「いやあ、吹き飛ばされた瞬間に不安定になった時空を壊しながら、無事に合流できたようですね」
 飛ばされる瞬間にローレが剣を壁に突き刺し飛ばされるのを回避しようとしたその時である。
空間が歪み、敵のランダムな空間移動ではなく、こちらの意志で動ける空間への移動が可能になったのである。
自由に動けるようになったら、こっちのものである。
ピペが所持している位置情報を表示するアイテムでルアムがピペの居場所を見つけ出せる。
そう、この空間の歪みが解消し機能しだしたのが決め手となった。
「あとは、綻びを探して真っすぐに進むだけでした」
 ニコニコと現状報告と解説をしてくれたナイン。
「まあ、相手がこれ以上オイラ達に関わってこなかったことが決め手だったな」
 ルアムが端的にまとめピペの方に向かった。
お腹が減っているようなことを言ったピペが頑張った御褒美のお菓子をもらっているようだった。
笑顔で食べているのが可愛い。
 
「ここの空間は少し変形してますが、作品などはなく壊す心配せずに戦えそうですね」
 ナインあたりを見渡し、白い無の空間になり果てている場所を指摘する。
「まあ、芸術が爆発したからね」
 キラナが少し遠い目をした。
こちらで何があったかは置いて置くとして、まずは犯人を捕まえて引きずり出さないといけない。
話では行方不明になった人の作品だけでなく盗品も混ざっているということで、どれほどの時間この空間が存在していたのか興味が沸く程である。
 
「………」
 ローレを引き連れてティエは、上げていた手は降ろしているが座り込んだままの魔物へと足を進める。
キラナもナインの後ろから興味本位でついていき、覗き込む。
「あ、何か呟いているようです」
 ティエが何か行動する前に魔物がぶつぶつと言葉を発していた。
「モウオしまいイダ。わたしノげいじゅつ、わたしノスベテ…」
「盗品や強制的に作らせたものばかりが芸術とか、笑っちゃうわ」
 キラナは軽蔑の目を向ける。
無理矢理作った空間の何が芸術だというのだろう。
 
「ぬああああああーーー!!」
 
 魔物の叫び声と共にあたりから煙が渦巻き、圧が膨張していく。
それに耐えきれなくなった空間がガラスにヒビが入った如く、崩れ出す。
「まずいです。この空間が崩壊し始めています!」
 自身の体が浮くのを感じながら、ナインが叫ぶ。
「ローレ君、空間を引き裂いて! 無理矢理、空間を排出させる」 
 前方を指さしティエは指示を出す。
「お、おう!」
 中途半端な態勢から体を回転させて、言われた通り先程と同じ空間を切り裂く。
「姉ちゃん達、風を出すぞ!」
 ルアムがピペを抱えつつ、バギの効果のある魔具を取り出し、飛び出す勢いを殺す。
そして、そのまま皆が一斉にローレの切り裂いた隙間から追い出されたのである。
 
 
 ドサドサっと音とともにガラクタ城の一角に落ちた六人。
大丈夫かと近寄る技術科のメンバーに勢いよく叫ぶ。
「芸術の波が押し寄せてきます。皆さん逃げてください!」
 ナインの言葉の意味を理解する間もなく、先程まで空間を彩っていた多彩な芸術作品が、空間の崩壊ともに吐き出される。
タダでさえ、ガラクタ城と呼ばれるぐらいに皆の書いた芸術作品が堆く積み上げられているというのにその空間にさらに何十と言う作品が吐き出されたのである。
不幸中の幸いは、この広い吹き抜けの巨大な元温室がその掃き出し口だったということぐらいであろう。
 
 その光景をあっけに取られてみていたが、一番最初に我に返ったルアムが手を叩く。
「こうしちゃいられねぇ、皆の作品が壊れちまう。皆で整理するぞ!」
 誰がどの作品かおおよそ見当がつく技術科のメンバー達がルアムの号令で動き出す。
この調子だと明日には盗難品も持ち主に返るかもしれない。
既に、黒歴史だ! と受け取りを拒否する人も現れるかもしれないが、それもまた一興だろう。
「とりあえず、ピペさん奪還は成功ってところね」
 邪魔にならない場所に移動したティエは溜息をつく。
「あ、ルアム、炎に注意しないといけないぞ!」
「えっ、あー。そうだな」
 キラキラした目の中に大事だと言われている芸術を壊してしまったらいけない、という真剣な表情で見られたルアムはすっと返事をしつつ視線を外す。
「何々?」
 どういうことかとキラナが訪ねる。
「ルアムがカッコいいんだぞ!」
「その話はまた後でな」
 見当違いのことを言いそうなローレを遮り、ルアムはにいっと笑って指を口元に持っていき、しーっと言うジェスチャーをする。
「お、おう!」
 ローレは秘密なんだなっと、口元に手をやって頷く。
 
 一連の流れを見ていたティエは合流する前に知らない何かがあって、面白い展開になっていたのだろうということを察して、肩をすぼめる。
ふと、視界に一つの額縁を見つけた。
そこに描かれていた絵を見て、フッと笑みを浮かべる。
「この絵の持ち主っています?」
「いや、独特な絵っすね。見たことないっす」
 丁度、美術画担当で絵画を運びしているドワーフがいたので尋ねるとそう返された。
「オイラもその悪趣味な感じを描くような奴は知らないなぁー」
 ルアムも笑いながら言う。
「では、今後のためにこちらで丁重に扱わせて戴くわ」
「それを持って帰るの? 大丈夫なの?」
 どう見ても価値がないうえに、悪趣味な絵にないわぁーっとキラナは眉を顰める。
「嬢ちゃん程々にな」
「出ることがかなわないのなら、これ以上の罰はない」
 ティエはルアムの忠告を無視して楽しそうにほくそ笑み、それを大事に部室へと持ち帰る算段を始めた。
 
 
 
 こうして技術科の生徒誘拐事件は幕を閉じたのである。
回収された魔具から誰が作ったかを割り出し、収集癖の魔物に唆された人物は痛ーい罰を受けることとなる。
ちなみに魔物化した収集癖の画材屋は今は自身がインテリアとして、冒険部の部室に飾られている。
「とても良い研究材料!」
 っと、未だに学園の外に出る申請が通らない鬱憤を晴らす犠牲者となっている。
芸術を拝めない苦痛に飢餓を感じている魔物にさらに精神を追い打ちをかける尋問をかけているのである。
この処遇に今のところ反対意見が出てないことが魔物にとって不幸であろう。
彼の生態の話については、また別の機会に語らせてもらうとしよう。

 

冒険部の初活動、終了