旅の仲間

 足手まといじゃないということを証明したかった。
ゼシカの全身全霊を憎きドルマゲスを追うことに集中する。
焦りだけが、心を支配していたと思う。

 何故なら、仲間になった彼らに『女はダメだ』だと言われているような気がしたから。
特に、ヤンガスは歓迎されていないように思う。
ただ、その兄貴分であるエイトはゼシカを歓迎してくれ、エイトの上司である魔物の王様——この辺りも事情が真実味がないので考えないことにしている——トロデも、歓迎してくれている。
必然的にエイトのいうことは逆らわないという感じで、ヤンガスも仲間として迎え入れてくれている。
それでも、引っ掛かりがとれるわけではない。
確かに自分は女で男だって思ったことはない。
しかし、そこまであからさまに偏見を持たなくてもいいじゃない。
そう思われることが悔しくて、少し無茶したのは否めない。
私は強いと思い込むために…。
「……ねえ 約束してくれる? ドルマゲスを見つけたら、私ひとりで 戦わせてくれるって」
 エイトは何と答えたかしら…。

 

『ゼシカ!』
 大人しい彼が大きな声を出したのを聞いたのは初めてかもしれない。
可愛い見た目でテンションをためてきた山のテンション王。
気合が最大に高まった瞬間、彼の持っている大きい木槌を振り回してゼシカの方に向かってきた。
自分の立ち位置を考えず、倒すことばかりに意識がいっており、メラを打つために力をためていた。
エイトの声ではっと我に返るも、炎を形成中は身動きが取れない。
モンスターと戦ったことがあると言ってもポルトリンク周囲の強さだった。
この先が、そこまで強いモンスターがいるとは思わなかった。
付き飛ばされる体。
ゼシカは後方にしりもちを付く。
『…エイト?』
『姉ちゃん! ちゃんと戦え!』
 まだモンスターは生きてこちらを攻撃しようと窺っている。
エイトはゼシカをかばったときに脳を揺さぶられたか、とっさに動けないようだ。
頭から血を流して気を失っているエイトの姿を見て…血の気がなくなるのを理解する。
『いや……いやぁぁぁぁあーーー!!』
 この後のことはあまり覚えてない。
ヤンガスとトロデが何かを言っていた気がする。

 

 夜、皆が寝静まったとき、ゼシカはこっそりベッドから抜け出した。
夜は魔物が狂暴となっていることが多く『出歩くな!』と言われていることは知っている。
船着き場の宿は独特で、狭いスペースを有限に使うため、壁がなくベッドをただ並べてただけの雑魚寝状態。
男女間の配慮のため、間仕切りを付けることはできるも、あまりプライバシーは確保されていない。
作り上仕方がないとはいえ、迷惑をかけた人達と同じ場所で寝泊まりするのはとても息苦しかった。

「私の所為よね」
 門の外、蹲るようにして座り込み外壁に体を預けた。
ここなら、魔物が出ても直ぐに部屋に戻れるから。
独りになりたかった。
「あやつらはもう寝たか?」
 突然の声、ビクッと体が震えたのが分かる。
顔を上げると、未だちょっとなれない緑色の魔物が覗き込んでいた。
「あ、トロデ王…えぇ、寝たわ」
「全く、わしが言わなんだらエイトの奴、ゆっくり休もうとせん!!」
 ピョンピョンと跳ねながら、愚痴を零す。
事情は説明されたけれど、まだ慣れないゼシカはあっけにとられトロデを見つめる。
「あんな顔いろの悪さで色々尽くしてくれても逆に目覚めが悪いんじゃよ!」
 ゼシカもそう思わないかと詰め寄られる。
「…え、えぇ。で、でも今はちゃんとベッドで寝ているから大丈夫よ」
 エイトはトロデの絶対命令に『は、はい! 申し訳ありません。寝ます!』っと、追い立てられ半ば強制的に寝かされている。
ヤンガスはそんなエイトの世話をテキパキとして、もう眠気の限界、夜は起きてられない、とそのまま高鼾をかいている。
「そうか」
 トロデも落ち着いたのかそれっきり沈黙が辺りを埋め尽くす。

 ゼシカは自然と過去の映像に精神を持っていかれる。
俯く姿は、僅かに震えているようにもトロデには見えた。
「ゼシカ…怖いか?」
 トロデは短くそう尋ねた。
何に対しての恐怖か、主語はないも昼間のことを指しているのは分かった。
そして、その声色は優しく気遣ってくれているのが手に取るように分かった。
「……怖い。平静でいられなかったわ。兄さんと重ねてしまった」
 わかっている。
エイトは生きているし、兄との状況はまるで違う。
それなのにあの瞬間、ゼシカはサーベルト兄さんの亡骸を思い出してしまったのだ。
「違うってわかってた。なのに私をかばい倒れこんだエイトの姿を見ると助けられなかったあの絶望と恐怖が襲ったのよ!!」
 もっとしっかりしなきゃダメ、こんなんじゃ足手まといもいいところ。
ドルマゲスを倒す。
倒さなきゃ、この辛い気持ちを消化できない。
 
「トロデ王。お願い。家に帰れなんて言わないで…」
 自身を抱きしめるようにゼシカは両腕をギュッと握りしめた。
「嫌なの、何かをしなきゃ、不安で押しつぶされそうなの」
 部屋の中で一人考えるのが怖い。
立ち止まってしまうとどんどん沈んで身動きが取れなくなっていきそうに思う。
前を進むことで兄さんの仇を取るという目的を、ドルマゲスを恨むことで壊れる心を守っている。
「前に進ませてほしいの」
 ゼシカにトロデは優しく頭をなでる。
「偉い! さすがミーティアと同じ年頃の娘じゃ! わしはその意思をくみ取り、見捨てていくことはせんよ」
「トロデ王…」
「じゃが、焦りは禁物じゃ。わしもこんな姿に変えたドルマゲスは許さん。はよう、追いかけたい気持ちで、エイトには苦労かけておる」
「……」
 ゼシカが頷くのを確認する。
過去の強烈な体験はすぐには消えないだろう。
時間がかかることは仕方がない、だが、ゼシカ自身で見つけなければならない。
あの時の凍った瞳は危険だと察した。

 

『兄貴大丈夫でげすか!!』
 山のテンション王を何とか倒し終えたヤンガスは身動き取れないでいる二人に駆け寄る。
うっすら瞳を開けて、立ち上がろうとしたエイトだが直ぐに崩れる。
『ごめん、ちょっと無理かも』
『脳震盪を起こしておるようじゃな。痛烈な当たりじゃったから無理もない』
 トロデが馬車から降りて、駆け寄る。
『ゼシカの姉ちゃん。ここいらのモンスターはちょっと強いんでい…?』
 ヤンガスが言葉を切りって、不思議そうにゼシカをのぞき込む。
エイトばかり気にしていたトロデが顔を上げゼシカを見た。
目が空ろで、視点があってなくとてもこれ以上進める状態じゃなかった。
『こりゃいかん、ヤンガス! 戻るぞ!』
トロデの指示でヤンガスはエイトを担ぎ、心あらずのゼシカの手を引き船着き場に引き返したというわけだ。

 

「エイトもエイトじゃがな。構えがなっとらんと、みっちりお説教したから大丈夫じゃ!」
 トロデも先程の状況を思い出したのか、また再びぷりぷりと怒る。
「ゼシカや前に進むことは悪いことではない。いや、むしろエイトはのんびり屋さんじゃから、わしが何時もヤキモキしとるぐらいじゃ」
「………」
「しかしな、周りはしっかり見て前に進むといいぞ。大事なものを見落としてしまうかもしれんからな」
 馬の足音が聞こえ音の方を見ると、綺麗な白馬がやってきた。
「おー! ミーティア心配してきてくれたのか?」
 ミーティアと呼ばれた馬は小さく嘶く。
「大丈夫じゃぞ! エイトもゼシカも明日には元通りじゃ!」
「……えぇ、まだ、怖いけど。仲間として側にいさせてね」
 また、小さく嘶く。
本当に人間の言葉が分かっているようだ。
呪われたお姫様、馬の姿になってもトロデやゼシカを気遣ってくれる。
「ありがとう」
「礼には及ばんぞ! 家臣のモチベーションを維持するのは王の務めじゃからな!」
「え、ちょっと、家臣になった覚えはないわよ?」
 困惑するゼシカを他所にトロデは嬉しそうに声に出して笑った。

 

「ゴメンなさい」
「僕の方こそゴメン」
 翌朝、エイトとゼシカは互いに謝り合う。
しばしの沈黙、互いに反省するという奇妙な状態となった。
「陛下にも怒られた。もっと鍛えろって…ホントだよね」
 何かと言葉を探していたらエイトの方が先に話題を出してくれた。
だが、何も返せずにいると…。
「あそこは、昔、このあたりの領主が住んでいて、その主が疫病で死んでから誰も寄り付かなくなったらしい…」
 ゼシカも気になったよねと、情報を教えてくれた。
いつの間にそんな情報を手に入れてたのだろう。
「残念ながら今は崩落してモンスターの住みかと化しているみたい。だからあの辺りは強いモンスターが多いらしいよ」
 そうだったの。
モンスターもああいうところの方が住み心地いいのかしらと、ゼシカは疑問に思う。
「今日は、ちゃんと地図見て、真っ直ぐ人がいるところへ行こう」
 マイエラ修道院だったかな。と、カバンから地図を取り出し眺める。
「えぇ、そうね。大丈夫なの?」
「僕はもう平気だよ。丈夫だけが取り柄だからね」
 なんてたって、一晩中寝かされし。と、笑った。
「…エイトは死なないでね…」
「………うん」
 二人の間に優しい空気が流れた。
そのお陰で、一晩考えた決意をエイトに伝えられる。
「それから、ちゃんと指示を聞いて動くわ」
 ゼシカ個人の判断ではまた周りが見えなくなってしまうかもしれない。
エイトは兵士で戦い方を知っているなら、始めのうちは頼ってもいいと考えた。
「え? …うん。分かった」
 ゆっくり進もう。
全てが整理できたわけじゃない。
でも、仲間がいる。
だから、ゼシカの望み通り、前に進める。

 足手まといじゃないと証明をするんじゃない。
共に歩める努力をしよう。
ゼシカはそう誓った。

「改めて、よろしくね。エイト」

【END】