朝露の中

 窓の外を見上げたククールは空がほんのりと明るくなっているのを確認して溜息をついた。
「やっちまった」
 つい酒場で時を忘れて楽しんでしまって気がつけばこの時間だ。
今、向かっているのはエイトが取っているはずの宿。
明日っと言っても、もう今日だがこの町の探索する予定らしい。
だから支障がないといえばないが、少しばかり羽目を外しちまった。
しかし、こんなに誘惑の多い場所で何もしないのも体に悪いわけで…。
っと、意味のない言い訳を頭に巡らす。

カツン…。

 階段を上がり 終えると、少しだけ眠そうなここの主人が顔を上げた。
「こんな夜更けに、今日はどうされますか?」
「いや…」
 エイト達が寝ている部屋の場所を尋ねる。
はいはい、伺っておりますと気の良い返事をして教えてくれた。
お礼を言ってから、ギシギシとなるべく音を立てないように二階に上がって行く。
宿に泊まる時は主にゼシカの提案で部屋割が決まる。
今日はどうやら彼女以外は全員相部屋のようだ。
彼女に言わせれば男性陣が一緒ならまず何も起こらないからだと…。

「なんか、面白くねーんだよなぁ」
 言われた号室の前、貰った鍵で扉を開けながら思う。
部屋に入ると案の定、一番扉の近くにエイト、次にヤンガス。
つまり、ククールは一番窓際のベッドになる訳だ。
「一番眩しくて素敵な場所ですこと」
 言ってもしょうがない独り言が口の中から出る。
二人部屋を無理矢理三人部屋にしているからこの簡易ベッドの寝心地は最悪。
それに、今から寝ても意味はない。
しかし、形だけでも寝ないと、後々うるさいんだよなぁ。
溜息が出るぜ。
憂鬱な気分になっていると、ごそごそと誰かが起き上がる気配。
やべっ、起こしちまったかと慌てて振り返る。
「………エイト?」
 ムクッと起き上がってはいるが、顔を前方にたれてまま動かない。
こっちは謝る準備をしてたってーのに…。
「おい?」
 側まで行き覗き込む。
エイトは完全に寝ているらしく、座ったまま目を閉じている。
「…?」
 どこか違和感を感じ、しばらく見ていると、急に頭を振り顔を持ち上げた。
「………」
 一瞬だけ目が合ったが、虚ろな目はその役目を果たせていない。
そのまま数秒停止後、閉じかけていた目をカッと見開き伸びを一つする。
もそもそと動き出してやっとククールがいることに気がついた。
「あっ、おはよう」
 爽やかな笑顔をみて、いや、自分が密かに感じていた違和感の正体がわかって吹き出した。
「お前バンダナしたまま寝てたのか?」
 黄色い上着は脱いでいるみたいだが、オレンジのバンダナをしたままだったのだ。
「……。あっ、実は二度寝で…」
 エイトの言い訳では、一度起きたんだが眠くて眠気を覚まそうと思いバンダナをつけたが結局も言う一度寝てしまったらしい。
(眠気覚ましにバンダナを巻くって言う時点で寝ぼけているような)
 っと、思ったがあえて口にしない。
「んで、エイトはこんな朝早くに起き出しているんだ?」
 少なくとも、もう一時間は寝られるはずである。
「そう? でもすでに用意ができているククールの方が早いよ」
 いや、俺の場合は違うんだよなぁ…。
ベルトを締めながら笑っているエイトにベッドに腰掛けながら苦笑いを返す。
「俺の事は良いよ。んで、どこに行くんだ? 店とかまだ開いてないだろ」
「外」
「そと?」
 エイトは緩くなったバンダナを巻きなおしながら答える。
「そう外」
「はぁ? 外ってどこの?」
 外ってたって……。しばらく考える。
開いている店は酒場ぐらいだ……。
「もしかして 酒場か? 俺がいると盗られるから朝早く行くんだな!」
 ズバリそうだろう!
っと、人差し指を立てていってやったら、きょとんとしてから、少し考えた後。
「内緒」
 っと言いやがった。
そして、最後に剣を装備して床に置いてある袋を手に取り、準備終了とばかりに体ごと俺の方に振り返る。
「ちょっと行ってくる。ククールは寝たいんなら寝てて良いよ。もう少し余裕があるから」
「はは、バレたか」
「ゼシカに怒られないようにした方が良いよ」
 とんでもない捨て台詞を吐き、笑って出て行きやがった。
いってらっしゃいと、なんともいえない顔で見送る。
そして、朝帰りがばれたのは自身の失言であり、見事に墓穴を掘ってしまったことに気がつく。
そう、からかい半分に言った冗談が裏目に出てしまったのだ。
「あーもー」
 クシャクシャと頭を掻く。
悔しいのでエイトの弱みでも握れないかと、先ほど出て行ったエイトを追いかける事に決める。
ボサボサになった毛を整えて再び宿の扉に手をかけた。

 

 仲間になってから結構な月日が経っただけはある。
無駄に探しもせずにエイトを見つけることに成功した。
彼は町の外で待っている自称王様とお姫様のところで世話焼きをしている。
こんな時間なのでまだトロデのおっさんは馬車で寝ているらしく、あいつは姫様の世話をしているようだった。
(甲斐甲斐しいねぇ)
 二人っきりのデートって奴か?
元は姫様か知らねーが、どう見ての馬の彼女に人間として接しろって言うのは難しい。
なんせ、初めて会った時から馬の姿をしているのだ。
丁寧に手入れが行き届いていて立派な馬だとは思っているが、どうやってもこうピンとは来ない。

「姫様、夜は寒くなかったですか?」
「ヒン」
 解いた鬣を梳きながら、にこやかに語りかける。
姫様の気持ちよさそうだ。
「この辺りはトロデーンより暖かくて良かったですね」
「ヒン?」
「外にいても風邪を引きにくくて安心しました」
「……」
 姫様は梳く手を遮り、ジッとエイトの方を見る。
「あっいや、私は外で寝てませんからご安心を、陛下や姫のことです」
 苦笑いしてから、優しく微笑みながら言う。
「本来なら陛下や姫より良い場所で寝ることはいけない事なのですが、そんなことをすると逆に怒られますしね」
 どうやら、姫様はその言葉に満足したのか向けていた顔を元に戻す。
エイトはその反応にホッとしてから、髪梳きを再開した。

(会話が成立してやがる…)
 階段下で行われているやり取りを欠伸を噛み締めながら感嘆する。
堂々と階段の途中で座り込み、眺めているにもかかわらず、一向に気づきはしない。
夜明けのせいか朝露が煌めくその風景は眩しいほど、のんびりとしている。

「今日はこの町でドルマゲスの所在を確かめます。昨日入ってからわかったことはオーナの事情でカジノが閉鎖されているそうです」
 っと、今日のことについて語り始めた。
姫様が何か反応するとエイトが的確な回答をする。
見ている方はまるで人間と会話しているような錯覚に陥る。
(信じてやりたくなるよな)
 この暖かな感覚を見ていると少なくともエイトにとっては大切な「人」なのだろう。
「帰るか」
 当初の目的はどうでも良くなってきて、眠たさが思考を支配し始める。
立ち上がり、もう一度だけエイト達を振り返る。

 あぁ、すっげ清らかだな…。

もしかしたら、この時間は誰にも邪魔されない秘密の空間なのかもしれない。
壊してはならないそんな空間。
ふと、馬車の方に視線を移すとトロデのおっさんと目が合あった。
向こうは慌てて何も知らないという風に、あさっての方を向いて毛布をかぶる。
「クックック」
 良いものがみれたと、階段を上り始めた。

 

「ククール?」
 抱いていた毛布を剥ぎ取られて目が覚めた。
「てー、なんだよ」
 声の主、ゼシカに鬱陶しそうな目を向ける。
「今何時だと思っているのよ。昼過ぎよ、昼過ぎ!! エイトが夜遅くまで情報収集していたらしいって言うから多めに見てあげてたけど、それどころじゃなくなったのよ!」
 奪い返そうとした毛布を綺麗に避けられた。
「チッ、んで、何があったんだよ?」
 寝ることを諦めて尋ねる。
「ドルマゲスが館に侵入したって話よ! だから、次どこに行ったか館の主に話を聞きに行くのよ」
 だからささっと起きなさい。
とばかりに腕を引っ張る。

他動的にそれを受けながら、朝方見たあの光景を思い出して、そのギャップに溜息が出る。
(俺には、あんな清らかな世界を作り出すのは無理だな)
 身軽にベッドから飛び起き、横にほったらかしにしていたジャケットを 着る。
「よっしゃ! 気合入れていくか」
 廊下でエイトと会い、宿側のカジノの入口でさらにとんでもない話が聞かされるのはその数分後の事。

 END–