名もなき故郷

 ここはラダトーム城から南南西にある森の一角。
人から存在があまり知られていない場所である。
そこにこの地の英雄となった勇者アレフとラダトーム城の姫君であるローラが佇んでいた。

 船出の時が近付いてきた時、アレフが旅立ちの挨拶をしたい場所があると言ってきたのである。
それならばとローラもお供すると否定する間も与えず、同行を申し出た。

 そうしてやって来た二人の目の前には小さな墓石が一つある。
周りは小さな丘になっており、生い茂っていた木々が少し捌けて、木漏れ日が風に乗りキラキラと墓に落ちる影を揺らしている。
「アレフ様、ここは?」
 アレフの祈りを邪魔しないように待っていた後、ローラは訪ねた。
「ここは、私の育った町いや、集落といった方が正しいかもしれません」
 今は何もない跡地である。
この墓には魔物に襲われた際、ただ一人この地を守るために命を落とした老兵が眠っている。
「私の師匠は——育ての父は此処で犠牲になりました」
「まあ、そうだったのですね」
 この寂れた地がアレフにとって最も重要な場所であったことを悟り、姫も跪き祈りを捧げる。

 

 この地を襲った魔物はこの周辺で出現する魔物の中でかなり強敵であった。
今なら一撃で倒せる程度のモンスターだが、当時のアレフの実力はスライム一匹をやっとこさ倒せるかどうかだった。
そんな力量では通常攻撃が効きにくい【おおさそり】やギラを唱える【メイジドラキー】に到底敵うはずはなかった。
それは理解しているが、この惨状になってしまった後悔が押し寄せる。
あの時、一緒に逃げていれば師匠は助かったのではないか。
『皆を頼む』と言われて、それに従ってしまった。
ある程度、皆が逃げるのを誘導した後、自分だけは——集落一番の戦士といえど——師匠の安否が気になり加勢に戻ったが、全てが終わっていた。
数ある敵と相打ちになり、師匠はその生涯を終えたのだ。
現在この土地に住んでいた者達は全員避難した後、城からの補助でラダトームの町に移り住むことになっている。

 もうこの地に戻る者はいない。
師匠が守った地は既に使われなくなった。
それが哀しい。

 竜王を倒した後はモンスターの凶暴化も抑えられたのか、襲われる率が激減した。
ここへ来る時もほぼ戦闘なく来れたので間違い無いだろう。
その事が影響してか、一度襲われた所為なのか。
この集落はもう用済みと言わんばかりに復興はせず、打ち捨てられたのである。
そんな王の対応に呆気に取られたものである。

 そもそも何故ここに集落を作ったのか。
この町を作るよう命じたのは彼これ二十年ほど前に今は亡き師匠が王に命じられてこの辺境地に人の住む場所を作ったと言う。
その時、赤子だった己と土地を追われた人々がひっそりと住める場所を求めて移り住んだと言う。
 土地を追われた人々即ち、当時は知らなかったが、元ドムドーラの街の住人だったのだろう。
一部は要塞都市メルキドへ渡ったと聞いているが、この国の政治の中心であるラダトームに助けを求めた人もいたと考えると納得がいく。
即ち彼らを一時的に住まわすための場所として提供したとも考えられる。
ここの住人だった者はドムドーラとこことで二度襲われたと言えるのではないか。
ドムドーラが滅びたのは鎧があったからだけではない?
【おおさそり】【メイジドラキー】と、ここ周辺とは比べて異質なモンスターだった事も気になる。

「もしかして、俺の所為か?」

 今思えば兵士の対応が早く無かったか?
いくら即座に逃げて助けを求めたとしても、呆然としていた己を即座に王の元へ連れ出した。
そして明かされる真実。
竜王討伐への布石。
最初の最初から王に踊らされていたことへの怒りが沸々と湧いて出る。

「俺はロトの血のために生かされたのか?」

 ロトの血を引くものそう言われて様々な加護を与えられた。
己でなくてはならない何かがあったと…。

 

「彼の地へと導きくださり、ありがとうございます。貴方様の働きにより私ローラは今、此処に存在します」
 ローラの言葉にアレフはハッとする。
スカートの裾が汚れることも気にせずしゃがみ込み祈りを捧げるローラ。
アレフがどうこう考え、思考が闇に堕ちようとも彼女を助けたのは事実でその事を感謝している人がいるのだ。
勇者だから、という言葉は無意味で拘ることではない。
血なぞ知ったことではない。

「いつも助けられるな」
 いまだに熱心に祈るローラの後ろでアレフは誓う。

 竜王いやラダトーム王の力を借りずとも国を作ってみせます。
師匠が成しえなかった。
平和な王国を目指します。

 どうか見守っていて下さい。

 END