自由と存続

「………」
 ナインとティエだけの無言の作業が続く、静かなものである。
一定の話題性を過ぎれば、冒険者への関心は薄れ、今は釣り部の噂で持ち切りだ。
プラテカルプスを釣り上げたという話題は冒険部の印象を薄れさせたようである。
 
 釣り部のやらかしは、ルアムの挑戦ではないかと思う。
ティエは、こちらに資料をまとめる時間をやるから整理しろと言われているように感じた。
挑戦されれば応える。それが信条であるティエは燃えていた。
 
 ちなみに釣り部のやらかしは、貴重な資料であるプラテカルプスを食べたことである。
考古学部や生物学部やそれに付随した部活のメンバーに非難轟々らしい。
当たり前と言えば当たり前であるが、おそらく長年あの生簀にいたのだ。
最後の剥製ぐらいしか、価値はなかったのではないかと思う。
それよりも釣り部の人に聞きたいのは、それが何処にいたかと言うことである。
まあ、創立当初からある釣り部は、歴史も古くそれを記憶している部員がどれほどいるか分からない。
そもそも、そう言うのに興味がないから食べられるのだろう。
 
 以上の釣り部の背景やルアムの行動から、ティエが主とする冒険部が今まで行った行動でいろんな人から受けた非難をどう挽回する気か、ローレを引き抜くつもりと言うことから、内部を乱す要因をどうするつもりか、という二つが主な挑戦であると推測する。
 
「ティエさんは何故、入部を拒絶するんですか?」
 ああでもないこうでもうないと意見を出してくれているナインが、ふと純粋な疑問であるというように訪ねた。
「…魔術科の開かずの扉はご存知?」
 ティエは唐突に語りだす。
「いえ…校内の出来事についてはあまり知りません」
 いつもの博識から一転、首を振る。
「まあ、三年以上前の話だし、魔術科の人以外はあまり知らないと思う」
 ティエは笑って、軽く語る。
 
 
 
 昔、魔術科の特別授業が行われる西棟の一角、厳重に封鎖された区画があった。
その噂は良く言う学校の七不思議の一つとして、有名ではあった。
当時ティエが所属していたオカルト部と言う部活で意気揚々とその謎に取り込もうということになったのである。
『というわけでー! 普通科のオカルト部門の専攻である、あたしがー見事謎を解いてやろうと思うの!』
 当時、大学への進学を決めた高等部の先輩が宣言した。
部長と共に立ち上げた副部長の立場であった彼女は現在部長と寄り合いが悪く、何でもかんでも彼女の案を反対しだした腹いせに無断で部員を誘い、謎を解こうと言いだしたのだ。
 
 当時、多くの謎を解いてきたオカルト部は皆が皆、有頂天になっていた時期でもあった。
話題が話題を呼び、数少なかった部員は数十人に近くに膨れ上がったのだ。
そして、部員の中には、謎をさらに調べたいという気持ち持った者も多い中、魔具で解決していると知って幻滅した者と、ちやほやされたいためだけに入部した者と幾多にも渡る。
魔具という物は扱いが難しい分類で一般的になっているもの以外は普通科の人が触る機会がない、それを触りたいと言う誘惑を駆られた人がいたのが、まずかったのかも知れない。
人数が多くなればなるほど、統率を取るのが難しい。
小さい謎の解決はあったが、大きな謎もなく入ったはいいものの何も活動がなく、暇を持て余した新部員が文句を言いだしたのである。
そこで、新たな謎を解明すべく提案されたのが魔術科の開かずの扉を開けようという企画である。
 
『開かない扉をどうやって開けるのです?』
 後輩の質問に頷く彼女はある一つの鍵を取り出す。
『部室で見つけちゃったんだよねー。この鍵!』
 そして、その副部長が手にしているので通称アバカムの鍵。
もっとも有名な伝説の【さいごのカギ】と言われているどんな扉でも開けることができる鍵の模倣である。
これまた、伝説の魔法の名称を【アバカム】と言う扉を開ける呪文を参考に名付けられた鍵である。
そう、あくまで模倣の鍵である。
一人の生徒が魔術のあれこれをこねくり回して作った卒業制作であった。
『大丈夫ですか?』
 部長をぎゃふんと言わせたい彼女の目論見も合わさって不安に思う後輩もいた。
その時上がった、反対意見を無視して強行する。
『あったしに、任せなさーい!!』
 にこやかに、何処にそんな自信があるのかもわからない彼女の行動に疑問を持ったのは残念ながら、古くから部長の元でついていっていた数人の人たちだけであった。
副部長に意見を言える立場でない部員は部長を呼びに行くことを選択。
詳しい内情の知らない、暇を持て余した新部員はいよいよ謎に挑むのかと楽しそうに雑談していた。
 
 
 
「何の事前の下調べもなしに乗り込んだんですか?」
 ナインは事前情報の重要性を蔑ろにしている話に眉を顰める。 
「そっ、そして私が部長を呼びに行っている間に悲劇は起きた」
 
 有頂天になった人たちは愚かだった。
何故、開かずの間であったのかを考えていなかったのだ。
あそこは嘗て、魔術エンチャントの失敗により、異空間を作り出してしまった生徒が飲み込まれた場所である。
魔力が弱くなるのを待つという対処が最善と見込まれたため、被害を抑えるため封鎖された謎でもなんでもない場所。
「先生と部長のお陰で、事なきを終えたけど何人も飲み込まれて、歪んだ空間に対応できない者はトラウマを植え付けられ病院送りになった」
 不幸中の幸いは大分魔力が弱くなってきていたことで、先生が異空間を封じ込めることに成功したことだろう。
「教材にしようと思っていたのにっていう先生の言葉は今でも忘れない…」
 魔術科の先生はどこか狂っていると思う。
これがニュースにならないわけもなく、オカルト部は崩壊、当時の部長も責任を取り部活をやめ、引き継いだ部長も存続する気がなくなったのであろう、一応、細々と続いていたがわずか一年半で消滅した。
 
「亜空間ごときに飲み込まれるとは、オマエ達の軟弱者に笑えるな」
 丁度話し終えたときに、ナインとティエ以外に反応する声が掛かった。
「あら、大分正常に話せるようになったね」
 驚くナインにティエは冷静に返す。
「空間を維持するのにトラウマでも作ったのか! この芸術を支配できる最高の空間を!!」
「まだ、会話はできないようね」
 会話が成り立っていないが、ティエの話の内容をある程度理解しているところが分かり、メモを取る。
なんて素晴らしい研究対象だろうとティエはほくそ笑む。
「どういう原理ですか? 彼はあの時のボスですよね」
 絵ががたがたと揺れているが、しっかり固定されているようで落ちる気配はない。
「私は額縁魔人のがっちゃんって呼んでいるわ。これから研究していくからまだまだ私も不明なことが多い」
「成程、是非とも協力させてください!」
「ありがとう、だからこそこれを仕上げなくては!」
 がっちゃんのことも進めていきたいが、目の前の課題を掘り出すわけにはいかない。
「入部者を拘る理由がわかりました。無知ほど怖いものはありません。僕もそうならないよう最善の努力をします」
 
 
 
「今日もキラナいなかったぞ?」
 ノックなしで入ってきたローレは報告してくれた。
書類関係は戦力がいの彼が彼女を探しにに行ってくれたが存在が確認できなかったようだ。
「そう、残念。初期に希望してくれたから期待したいたけれど…」
 一刀両断していったツケか、未だに部員は三名のみである。
「…ローレ君、貴方もやめたい?」
 冒険らしい冒険を今していない。
ひたすら書類と格闘しているこの時期、暇を持て余している彼に不安を覚える。
昔話なんぞしてしまったからか、過去の新人部員たちの愚痴を思い出してしまった。
「そんな事考えたことなかったぞ?」
 キョトンと傍にあったお手玉を手に取り遊ぼうとして、粉砕しつつ首を傾げる。
ナインがすかさず、回収して別グニグニしている方のお手玉をプレゼントしていた。
「ほら、釣り部に行っても構わないよ」
 久しぶりに楽しそうに笑って報告してくれた。
申し訳ないって思って過ごしていることが多い彼が笑うと言うのは珍しい。
「うーん。楽しかったけど入ろうとは思わなかったぞ。だって、ここはおれが必要としている場所だからな!」
 貰ったお手玉が握っても壊れないというのが楽しかったのかいろんな方法で遊び出す。
「必要…?」
 ティエ自身がローレを必要としているのは分かるが、ローレ自身がこの冒険部を必要としているということに今一ピンとこない。
「おう!」
 お手玉を限界まで引き延ばす。
ローレの言葉では上手く表せられないが、楽しさだけならどこでもどんな部活にも楽しさは有るだろう。
ここにはここにしか無い魅力がある。
 
「おれはこの部活がスリルがあって好きだぞ!」
 ニカッと笑う。
限界に延ばされたお手玉はゴムのように話した瞬間に元に戻った。
「成る程、あえて限定しないと言うのは素晴らしいと思います。僕自身の役割はまだ模索中ですが、この広い世界を堪能できる喜びは譲るつもりはありません!」
 お手玉の性能が素晴らしいと感嘆しつつ、ナインはこの部活に入ろうと思った動機を語ってくれる。
「目から鱗ね。冒険部は危険を伴う。生半可な好奇心ではやはり入部させるわけには行かないわ」
 まさか、ここでこの回答を得るとは思わなかった。
俄然やる気が出た。真っ向からの勝負と行きますか…。
エンターキーを力強く打ったティエはほくそ笑む。
「私は何も間違っていない。新聞部にも喧嘩売りにいく。冒険部の無謀さと強さを舐めないでもらわないと!」
 
 
 
 翌日、新聞部に殴り込みもとい、情報提供をしたのはその後である。
誰もが希望した場所に入れるのと言う常識を覆えさせて、問題を提示した。
「ほう、確かに一理ある。我々新聞部も情報を持ってこない、記事を書かない居るだけのメンバーは基本居ないと変わらない扱いだ。不穏分子の排除及び衝突もある。このテーマは荒れるが面白い。いい話をありがとう」
 自由と存続と部活の壊し屋への当てつけである。
不穏な空気を持つものを無条件に入部させていいのかと言う問いかけである。
冒険部の部活動について書かれた記事はまた話題を呼んだ。
賛否両論が飛び交う。
嬉しいことに苦い経験をしたことがある部活達から賞賛がもらえた。
人間関係はどこも苦労してそうである。
 
 これでティエの行動が火種になった問題は個人の話だけでなく、部活の存続での問題となった。
決着のつかない議題はその部活ごとに任され、部活の誰でも入部できる常識に待ったをかけたこととなったのである。
  
 冒険部だけの問題ではなくなったそれはティエの手から離れたことにより、自由に動ける時間を得た。
ティエは一貫して一部の人の入部を拒否する。
キチンとその理由を提示し、危険な場所へ行く覚悟と好奇心を確認した。
それらを定義した後、十か条を述べ、賛同した者のみ入部を許可する方針へと変換した。
 
「怒るのは情報提示されないからに過ぎない」
 この提示が無謀すぎて呆れて入部希望者がさらにいなくなったが、理不尽な怒りが出ることも減ったのである。
「周りくどい。正面から来れば受けて立つ!」
 太い紙の束を横に置いてティエは準備万端とルアムを迎え撃つ。
 

 続く