こうして作られた世界

 何もない空間だった。
いや、ただ広い平野が続いていたと言うべきだろうか。
どこを見ても広がる地平線が見えるだけである。
その中央に一人の男が立っていた。
なぜその場に居るのか理解できないでいる。
いくら周りを見渡しても何もなく、状況を説明してくれる者もいなかった。

 何時までも立ち止まっていては何も始まらない。
男は歩き出した。
方向なんてわからない。
目印になるものが何もないからだ。

 どのくらい歩いたであろう。
代わり映えのしないその世界に飽きてきた。
幾ら進んでも風景が変わることはない。
変わると言えば空の雲ぐらいだろう。

「……空?」

 今まで意識していなかったが上を見上げると青い空が広がっていた。
青い空があるのなら方角が分かる太陽ぐらいあるだろう。
直ぐにそれに思い当たらなかった自身を恥ながら、男は太陽を探す。
日はまだ高く、この光が平和な世界を照らしているのだろうと思う。
闇が支配していた、あの時はこの日の光の恩恵が少なく何時も黒い雲に覆われていた。

光は生命の息吹、草花が生え、木々が生い茂り…心地よい風が吹く。

「…風」
 無風だった世界から、そよそよと頬を撫でる微風。
それに乗せて草木の擦れる音を聞いた。
不思議と思い視線を空から地上へと戻す。
 

「馬鹿な…」
 男は愕然とし辺りを見渡す。
先ほどまで何もなかった世界に色とりどりの花が咲き、草木が生い茂り、平坦だった世界に凹凸ができていた。

「ははは…まさか、魔物とか想像したら出てくるんじゃないだろうな」
 空を思い草木の生命力を想像した今、今まで知っている世界に生息している生き物を思わず考えてしまった。
人と言うものは体験したことは容易に想像でき、体験していないものはなかなか想像できないものだ。

 草木から飛び出して来た青い雫型のプニプニしたモンスター。
名はスライム。
突如現れたそれを目撃する事で、己の想像が現実に反映していると言う信じがたい現象を理解した。

「何だここは」
 改めて異様な世界を目の当たりにすると背筋が凍った。
スライムにスライムベス、ドラキー、ゴースト。
これ以上は想像したくないとフルリと頭を振って、目の前にいる輩の討伐に専念する。

 男はこの時初めて客観的に己の姿を見ることができた。
魔物を討伐することに意識が向いたからか、何時もの黒き鎧と兜、そして手には嘗て伝説の武器と言われた自身の世界で最強と歌われたロトの剣。
柄に金の鳥の文様が描かれた青色の剣。
中央の赤い宝玉が良く映える。

我ながら容赦がない想像だと、逃げていくものは追わずに、来るものだけを一刀両断していく。

 すっかり見慣れた世界になってしまったと改めて周りを見る。
この分だと川や海どころか、町まで出て来ても驚かないと苦笑する。

再び歩みを進めると木々の間から山が見えて来た。
そして反対側には川いや海が見える。

「あれ?」

 男は何もない平野に出て首をかしげる。
己の想像が現実になっているのなら、ここにあるものが出現するはずであった。
しかし、そこには何も無く想像と違うことに改めて首を傾げた。

 男が想像したのは城とそれに隣接する城下町である。
良く出入りした場所で記憶にも残っており想像しやすかった、その場所だったのだが、何の因果か、そこにそれが出現することはなかった。
そして漸く、保留にして来たこの世界について考えざるおえなくなった。
太陽を想像したからか時が流れ出し、夕暮れになってしまった。
町や城を想像したがそれは現実にならず、街明かりもないまま夜になってしまうのは困る。
食料も調達しなければ、このままでは生きて行けない。
余計なことを考えたからか、空腹を感じるように腹の虫が鳴いた。

 何が可能で何が不可能か、アレコレとその場にしゃがみ込み考える。
最終的に出た結論は、直接的想像は難しいが材料は可能。
変な話だが、斧は出てこないが形の良い石と木の棒は可能。
家は無理だが加工済み木材は可能と言う冷静に考えるとそれはどうなんだと思わないでもないが、取り敢えず実のなる木は手に入ったので飢え死にすると言うことはないだろう。
木材を叩き作った簡易竃——焚き火に近い——を元にアレコレと野宿開始である。

 

「漸く落ち着いたな」
 粗方作り終えてごろりと横になる。
日は落ちてキラキラと輝く星がくっきりと見える。
新月なのか月は見えなかった。

(今日はこれでいいが明日からどうしよう)

 あれ? 雲行きも怪しくなってきた。
雨の心配をしてしまった所為かもしれない。
屋根のある場所を作らないと、洞窟を想像すれば何とかなるかもしれない。

できる限界はあるがアレコレと想像通りになるのは面白い。
また、色々試すのも悪くないかもしれないな。
予定を立てる楽しさがある。
怪しくなった雲行きも雨が降ると言う懸念から遠のいていた。

 

「……俺は何をしているのだろう」

 独りで暮らしていると色々麻痺してくる。
そんな中でも時折、ふと冷静になる瞬間がある。
どれぐらいの月日が経ったのかもうわからない。
いつも明るく照らしていた太陽が憎らしくなって、今では常時、雲に覆われている。
小鳥が囀る音が五月蝿く感じて、追い払って無音になっている。

鮮やかな色は眩し過ぎて孤独に耐えられない。
気がつけば食料は適当に呼び出し、周りは灰色の世界が広がっていた。
建物も木から石の作りへと変貌を遂げていた。
鮮やかな想像が豊かにできていたのは何時までだったか。
制限があるも何もかも思い通りの俺の世界だがひたすら孤独である。
モンスターもいろいろ呼び出したが所詮倒す相手。
剣の赤い珠飾りはいつの間にか、零れ落ち空洞になっている。

何故、人を呼べない。
町を作れない。

「誰からも何も言われない世界は楽だ」

 楽でこのまま惰性に過ごすのも悪くないと思う自分と、このままではダメだ元の世界に戻らねばと言う思いが、なぜか鬩ぎ合っている。
この世界はここまで思い通りになるのだから、現実ではあり得ないきっと何時か戻れるはず。
いずれもどる…いつものにちじょうに…。

「………」

 何時もの日常?
ここへ来る前はどんな生活を送っていた。
思い出せない。

この灰色の世界が普通の世界のような気がしてくる。
いやそんなはずはない。
色があったはずだ。

色?
それはどんな色だ。

どんな生き物が生息していた?
俺はなにを食べて生活していた?

「オレはダレだ?」

 おもいだせ…!!

ここに来る前の最後の記憶は………。
 

『もしわしの味方になれば世界の半分をお前にやろう。どうじゃ? わしの味方になるか?』

 

 ア。……ココハ。

 

『お前の旅は終わった。さあ、ゆっくり休むがよい! わあっはっはっはっ 』

 

 ……セカイノハンブン。

 

 END