最上階の眺め

 いつもの時間。
兵士達は順番に最上階のベランダで見張りをしている。
エイトは、この見張りの場所が好きらしい。
美しい庭の花を見ながら見張る下の見張りも好きだが、遠く広がる世界を見渡すこの見張りも好きなんだと教えてくれた。
それと…。っと言いかけて止めたもうひとつの理由がミーティアは気になっている。

 

「今日は天気が良く、気持ち良いですね」
 ミーティアは見張りをしているエイトに近づいて話しかけた。
エイトは敬礼してから「はい」っと答えた。
「眠くならないように気をつけてくださいね」
「有難きお言葉です」
 ミーティアが笑うとエイトもつられて笑う。
昔から、ミーティアは暇を見つけてはエイトを探した。
そうして色んな話をエイトにしている。
つまらない話でも真剣な話でもエイトはちゃんと聞いてくれるので嬉しかった。
けれど、ずっと続くと思っていたこの関係も大きくなるにつれ、時が経つにつれ、難しくなってきた。
ミーティアは王家としての仕事が増え、ろくに暇をもらえず。
エイトはエイトで兵士としての仕事がある。
あまりに違う2人の役割が逢えない日々を作っている。
それでも、ミーティアは会える努力をしているのだが、エイトはミーティアと会うのは嬉しくないのか、会えない日々は淋しくないのか、あまり聞かないエイトの思いがわからずヤキモキしている。
聞きたいけれど、否定されるのが怖い。
だから聞けない。
この微妙な関係のままで良いとさえ思ってしまう。
だからこそ、会いたい気持ちは大きい。
少しの暇を見つけてはエイトの都合も考えずにこうして、語りかけているのだ。

「最近、さらに覚えなければならないことが増えて大変なの。エイトはどう?」
 最近の出来事などで自分の思いを打ち明ける。
「……互いに剣を交えての訓練が中心です」
 大半の近衛兵が留守の間は我々がここを守らなければなりません。
よって、最近は特に力が入っています。
っと、教えてくれた。
それを聞き、どことなく心が沈む。

「コラ、エイト! 余所見ばかりて見張りをサボるな!」
「たっ隊長!」
 急に入ってきた第三者の声。
近衛隊長のヴォルフに謝罪とあわてて敬礼する。
そしてミーティアに小さく敬礼してから、自分の持ち場へ戻っていった。
まぁ、元からこの周辺なのであまり変わらないが…。
「ごめんなさい、仕事中に話しかけてしまって…」
「これは姫様、申し訳ありません」
 ちょうど柱の影で見えなかったのか、ミーティアの姿に多少あたふたしてから詫びた。
「いいのですよ」
 その光景にくすくすと笑いながら答えた。
「エイトの奴、何かしましたか?」
「いいえ、天気が良かったので、ここまで上がってきましたの。エイトには話し相手になってもらいました」
「そうですか、日が暮れると急に冷え込みます。もう御戻りになる方が良いでしょう」
「そうね。そうします」
 ミーティアがそういうと「では、私はこれで」っと言い。
仕事を再開するかのように、エイトの方へ歩み寄った。
エイトに用事があったのだろう。
何やら不服そうに話し始めた。

「お前、出ないって言うのは本当か?」
「出ないというよりは……」
 エイトは苦笑いのような笑みを浮かべている。
このまま帰ろうと思っていたが、いったい何の話をしているのかミーティアは気になった。
つい、好奇心が先立ち、先ほどの事を隊長に聞く。
「何の話を?」
「姫様…。もう直ぐある大会の話でございます」
 そういえば、別のことで意識が奪われていたのでうっかりしていた。
もうすぐ、毎年恒例の大会があるのだった。
簡単に言えば運動会みたいなものが…。
「出ないとは?」
「こいつが兵士は無料参加にもかかわらず。参加しないんですよ」
 苦笑いに近い風に隊長が言った。
「エイトは強いのですか?」
 純粋な疑問にエイトはたじろぐ。
そんなエイトに代わり隊長が答えた。
「彼は同じ時期に入ったものの中では一番強いですよ」
「まぁ!!」
 素敵ですねとばかりに目を輝かせてエイトの方を見た。
そのエイトはそれを見て良からぬ思いに捕らわれあせる。
「ちょっ、待ってください。姫様が期待なさるほど、強くないです」
「何を言う、お前には素質があるぞ」
 彼は豪快に笑いエイトの背中を叩いた。
「もう少ししたら近衛兵に推薦しても良いくらだ」
「大袈裟ですよ」
 困ったように、でも嬉しそうに隊長に言葉を返した。

「………」
 その光景を見ていたミーティアはある一つの事を思いついた。
隊長の名を呼び、事実であることを確認する。
「ヴォルフ、今のことは本当ですか?」
「え?」
「ですから、近衛兵推薦の旨です」
「はい。もちろんですが……」
 断言するその意味にミーティアは嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんですの。素晴らしいですわ」
 その表情を見た隊長はエイトに命令する。
「……おい、エイト。もう直ぐ交代の時間だろ? 次の見張りの奴呼んで来い!」
「えっ? あっはい」
 一瞬と惑ったが有無を言わさぬ表情だったのでエイトはその言葉どおりに走っていった。
それを見送った後、隊長は姫に向かってたずねる。

「姫、良からぬことを考えてはいませんか?」
「さすが、近衛隊長ですね」
 古くからの付き合い、良く私のことを知っています、というようにニッコリと胸元に手を合わせて微笑んだ。
「エイトはまだ若輩者です」
「では、大会で良い成績を残したらしていただきませんか?」
 大会に出て欲しいと思っている隊長の願いも叶い一石二鳥です。っと嬉々として答えた。
「いや、あのですね……」
 返答に困っているとミーティアはこの会話はこれで終わりとばかりに視線を城壁内から外の世界に移した。

「エイトはここでいつも何を見ているのかしら…」
 小さなため息が聞こえた。
きっと彼はわかっているはずだ。
ミーティアの頑固さ、姫という地位を利用できるずるがしさがあることを…。
「自分のいる世界がどれだけ広いかをかみ締めているそうですよ。後…」
 隊長も視線を外に向けた。
思っても見ない返答にミーティアは彼の顔を見る。
「後?」
「自分の始まりが見えるんだとか」
「始まり?」
「そう言っていたそうですよ」
 始まり、エイトは城へ来る前の記憶がないと言っていた。
気づいたら、見知らぬ森の中にいたのだと。
ミーティアに会う前の記憶は至極曖昧なんだとも……。
小さい頃何か思い出したかと訊ねる度に首を横に振ると共にそう答えた。

(始まり…。エイト、ミーティアはあなたの気持ちに対してほんの少しだけでも期待してよいですか?)

「姫様?」
「部屋に戻ります。後のことよろしくお願いしますね」
「はっ! 姫様にはかないませんな」
 隊長の言葉に曖昧に笑って正面の扉から中へ入っていった。
(ミーティアは何を期待しているのかしら?)
エイトとなるべく側にいたい、おしゃべりしたい。
その思いに偽りはない。
でもそれは……。

(意味のない無駄な希望)

 サザンビークに嫁ぐまで半年もないというのに邪心が心を覆う。
良きトロデーンの思い出のためで、それ以上でもそれ以下でもないのだと己に言い聞かせている。

「今日は素敵な収穫ができました」
 エイトがミーティアとの出会いを大切に思っていてくれているのだから…。
ルンルンっと気分を変え、今後の計画を実行すべく行動に移っていった。

 END–