「あら? 素敵な曲ね」
ここは教会のそばにある水場。
ご好意により無料で泊めてもらえるが、流石に食事は自炊しないといけない。
近くの村で余った食材を分けてもらい、こうして用意しているところである。
簡易な鍋料理で最後のひと煮立ち、沸騰するのをゆっくりかき混ぜながら待っている状態であった。
「歌っていた?」
いい匂いに釣られてか、そばに寄ってきたゼシカが火番のエイトに尋ねた。
「えぇ、有名な曲なのかしら?」
「…いや、どうだろう。ごめん、上手く無いのに…」
無意識のうちに歌っていたようで、思わず口を押さえる。
「そんな事なかったわ。何かの童謡に聞こえたけど」
「僕の故郷の歌かな」
気になるらしく重ねて尋ねられた。
小さい頃、夜寝る前に聞いた曲である。
幼いが芯のある綺麗な歌声で、エイトにとっては子守唄にように感じでいた。
「もう一度歌ってみて」
「ええっ…」
元の歌を知っている身では声変わりしてしまった自身の声と可憐な声のギャップに戸惑いを覚える。
期待した目で見られ、根負けして歌う。
子守唄。
改めて歌うと、歌詞は少しでたらめで、メロディーだけをお覚えていたのだなと実感。
後半、恥ずかしくなり、小声になり沈黙する。
「もう、勘弁してください」
「素敵だったわ」
ゼシカはクスクスと笑い。先ほど聞いた曲をラララと声に出して復唱する。
「素敵な歌声じゃあないかレディ」
ゼシカの歌声に釣られてか、ククールがゼシカの肩に手を置き覗き揉む。
ゼシカは眉を潜め、肩に置かれた手を払い除ける。
「どーも」
「初めて聴くが何の曲だい?」
懲りずに直ぐ横に座り、ゼシカに笑顔を向ける。
「知らないわ。私もエイトから初めて聞いたもの」
ジリっと詰められた距離を空けつつ返答する。
その視線は味見をして満足そうにしているエイトの方に向ける。
「へー。初めてに曲を一発で覚えるなんてさすがだね」
音楽も嗜むのかと言う視線を出しつつ、直ぐに話題はゼシカの方に戻す。
「兄貴ー! 人数分の皿を持ってきやした!」
皆が何らかの行動に起こす前にヤンガスが戻って来た。
「ありがとう。陛下をお呼びしてくる」
「へい! アッシはよそっておきやすね!」
気合を入れて、エイトの混ぜでいたオタマを受け取りグルグルと鍋を回し、一つ目の器に入れ始める。
「ちょっとヤンガス、あなた何も考えずに大盛り入れるでしょ!」
ゼシカが立ち上がり、皆同じ量を食べると丼勘定なヤンガスを制御する。
「肉たっぷりでよろしくな!」
「そこは平等よ!」
ぎゃいぎゃいっと賑やかになった場所を離れ、馬の姫とひと時を過ごしている陛下ートロデの方へ向かう。
「陛下、晩食の準備が整いました」
「うむ、先ほどゼシカが歌っとった曲じゃが…」
ピョンと跳ねるように立ち上がったトロデは先ほど聞こえてきた歌について尋ねる。
「聞こえましたか? 思わず口走ってしまいました」
反省の意をこめると、トロデはそうじゃないと首を振る。
「逆じゃよ。懐かしくなったのじゃ、幼少の頃、ミーティアが就寝前に歌っとった子守唄じゃ、亡き母、わしの妻直伝の子守唄じゃよ」
目を細め、ミーティアの方を見る。ミーティアも嬉しそうに嘶く。
あの曲は姫が歌っていたのだ。
今は歌うことが叶わない身である彼女の歌声がエイトの思い出の一部としてあることに少し安堵する。
「また、聴けるといいですね」
「そうじゃな。呪いを早く解かんといかんな」
思いを新たに決意する。
お気に入りの曲とあの歌声を胸に…。
【懐かしき歌声】