Lv.30:ハーゴンと対峙した。

「あなたは眠っていなさい。ラリホー」
 つくづくムーンは敵に回したくないなと思う。
お喋りな敵を黙らすかのごとく眠りへ誘う。
敵は抵抗虚しく落下し、意識の闇へと落ち、そしてローレの斬撃で永眠へと葬った。

 そう、【アトラス】を倒した一行が登った次の階にもやはり一匹だけ待ち構えていた。
名は【バズズ】小さな猿のような紫色の毛を持つ身体、背の蝙蝠のような羽で飛び回り、人をおちょくる。
呪文も多く持ち、ベギラマやイオナズン、挙げ句の果てに何度も死の呪文を唱えてくる。
しかし、うっとおしいのはその間に喋る喋る。

『我が名はバズズ。ロトの一族だろうとなかろうとお前らを闇へと葬り去ろう。ハーゴン様の邪魔はさせぬ』
『お前たちは先祖に騙されている。正義と侵略を履き違えている。今ならハーゴン様の傘下に着けばあの心優しいハーゴン様は許してくれるだろう』
『ムーンブルクはあのハーゴン様が崇拝するカミを愚弄した。滅ぼされて当然だろ。悔い改めれば娘御の命までは取らないだろう』
 ケケケ。
キーキーと甲高い声で喋るわ、攻撃のしにくい高い位置に移動するわで、ムーンの表情が怒りに満ちてくのがわかる。
その堪忍袋の緒が切れた瞬間、モンスターの運命は尽きたのであった。

「ムーン?」
 振り返るとやや後ろで、バズズが朽ちて消滅するのを睨みつけていたので、声を掛ける。
「行きましょう」
「お、おう」
 スタスタと次の階に歩き出すムーンに、一度サマルと顔を見合わせて慌ててついて行った。

 怪力の【アトラス】魔術の【バズズ】と残りは両方を兼ね備えている、ハーゴンの部下で最強を誇る魔物、名は【ベリアル】
三又に分かれているフォークのような槍トライデントを振り回し、イオナズンと激しい炎の全体攻撃。
こちらの攻撃呪文が効かないのも痛い。
しかし、一番辛いのは、回復魔法を使う相手ということだろう。

「マヌーサは掛かったわ!」
「マホトーンはダメだ!」
 双方、盾でガードしながら叫ぶ。
槍を躱しながら振り下ろす剣。
黄色い鱗が攻撃を滑らす。
「ちょこまかと鬱陶しい輩目」
 槍を突き出して来たのを寸前のところで身体を反らし躱す。
マヌーサが効いてなければ危ないところだった。
仕方なく距離を取る。
攻撃が全く効いていないわけではない。
「…ベホマ」
 しかし、相手は傷付いても癒しを施すため、キリがない。
「もう少し多くダメージを与えないとまずいぞ」
 ジリジリと追い詰められているのは、こちら側である。
隙を逃さず撃ってくるイオナズンはロトの最強装備を持ってしても防ぎきれず傷を多く作る。力の盾を掲げながら、また走る。
「…攻撃力をあげればいいのね! ルカナン!」
 何と、ムーンの防御力低下呪文の魔法が効いた。
悔しそうに見つめる敵に、これは行けるかもと握る剣にも力が入る。
後は、互いの読み合いである。

 勝負は一瞬である。
振りかざした剣が漸く【ベリアル】の身体貫く。
その場に崩れるがその顔にはなぜか笑みを蓄えている。
「いくら、正義を貫こうともお前らの大罪は永久に刻まれるだろう。ふははははっ!!」
 高笑いとともに消え去る。
先程から言われる謎の言葉。

「罪って何だ?」
「私達を惑わす痴れ事よ」
 攻撃が止み、落ち着いて回復ができるようになった二人は交互に回復を施してくれる。
それに礼を言った後、次の階へと行こうとする。
「魔力が少なくなって来た。ずっと連戦だったからね」
「戻るか?」
 魔力を持たない為、魔力消失の倦怠感と言うのに無縁である。
だから二人の言葉を聞き最善と思う提案をしたが、二人は首を横に降る。
「そう簡単に行かないと思うよ。あの消え方は、ローレシアの地下にいたのと同じだ」
 ローレシアの地下、あの不死身の【じごくのつかい】のことだろう。
紫の煙となり消えているが完全に死んでいないく、数時間の後には復活する。
魔力を供給されて動く機械兵みたいで、ゾッとする。
「進みましょう。全ての敵はそこにいるわ」
 もう既に前進することしか許されない。

 

 おそらく最上階、その床には無数のバリアが張り巡らせてある。
一歩、進むごとに体力が削れるそれである。
ロトの鎧に守られた体はそれが効かないが、サマルとムーンの装備では難しいのでサマル得意のトラマナの出番である。
広いその場所は真ん中が高くなっており、高くなった部分に祭壇が祀られて、一人のローブを纏った人が祈り捧げていた。

 推定、大神官ハーゴン。
ずっと最終討伐を目標にしていた相手。
大地精霊ルビスと反するカミを信仰するモノ。
この聖なる大地に魔物を繁栄させ、世界を魔物の脅威に陥れた存在。

「誰じゃ? 私の祈りを邪魔するものは?」
 祭壇に上ると前を向いたままハーゴンは口を開く。それでも微動だにせず様子を伺っていると、ゆっくりと振り返る。
「愚か者め! 私を大神官ハーゴンと知っての行いか!?」
 ご丁寧に自己紹介してくれたので、倒すべき相手と判断でき、剣を抜き構える。
「お前を倒しに来たぞ」
 その言葉に何がおかしいのか声に出して笑うハーゴン。
「そうか、呪いは効かなかったか。憎きロト一族」
「だとしたら? ムーンブルクを滅ぼした罪は重いわよ」
 先程から人をムーンブルクをコケにする言葉を聞き連ねられて、虫の居所が悪いムーンが詰め寄る。
「勇者ロトいや、お前らの直接の先祖である勇者ロトの血を引きし者の末路を知っているか?」
 そんなムーンの心境なぞ知らぬごとく不気味に語り出すハーゴン。

 竜王を倒したその男は勇者の称号を得た英雄である筈であった。
しかし、王座を奪われると恐怖した時の王ラルス16世は、国外へその英雄を追放した。
いや、もしかしたら闇に葬ろうとしたのかも知れぬ。
その仕打ちに激怒したその男はラルス王の娘であったローラ姫を人質として攫い国外へ逃げた。
 そして、当時、小さな王国があった場所を襲いそこの王へとなり、逆らう者を弾圧した。
運の悪いことに、その男にはそれを可能とする実力があった。
先人は国を追われ西に逃げ込むも、それを許さなかった元英雄はこの大陸の王家の血を根絶やしにし、滅ぼしたのだ。

「確かに私はムーンブルクを滅ぼした」
 ハーゴンはキッと睨み据えるムーンに笑う。
悲劇のヒロインであるかの如く語るなと。
「だが、勇者はあの男は、私の国を滅ぼしたのだ!」
「…っ!?」
 驚くしかない。言葉を返せずにいる。嘘だとローレシアがそんな筈がない。
「お前らの先祖は私の国の上に自分の城を建てたのだ!!」
 これを恨まずに居れぬ。
「私はその当時の生き残りである神官の末裔ハーゴン。今こそこの恨みを晴らそう」
 ハーゴンを渦巻く闇が深くなる。これは正当なる復讐。歴史を曲げたのはハーゴンではなく、ロト一族であると見据える。

「可笑しいわ。その歴史は我が古くからあるムーンブルクにもそんなこと記載されていなかったわ」
 ハーゴンの戯言には耳を貸さないと睨みつける。そんなムーンを見て、嘲笑う。
「はっはっはっ、勝者が作る歴史なぞ嘘だらけだ。現にお前らが古くからあると信じているそのムーンブルクの城も、勇者ロトの仲間により侵略され、成り替わり、最古の種族が滅びておる。可笑しいと思わなかったか? 己の名が不思議な響きであることを、その名は勇者ロトに侵略される前に使われていた名だからだ。その国の最後の抵抗の証だ」
「なっ!?」
 ロトの関わりは古くからある。
それが建国ではなく侵略だと言う。
それが彼の語る歴史が正しいと言う証明にはならないはず。
しかし、言い返す言葉が見つからない。
「だから、歴史を正さねばならぬ。正しい種族に明け渡さねばならぬのだ」
 精霊ルビスは悪にしか力を貸さないならば、別のカミに頼るしかあるまい。
ロトのいない世界。即ち本来の世界を取り戻さねばならぬのだ。

「………」
 今まで強気だったムーンが震えている。
サマルも反論できない、否定材料が足りないことに戸惑いを覚えている。
そんな二人を見ていられなくて一歩前に出てハーゴンを見据える。
「おれには何が正しくて、何が間違っているのか、わからないんだぞ」
 ローレシアが侵略後にできた歴史とか、正義だと信じていたものが悪だとか色々言われても、いまいちピンとこない。
ローレ自身も魔物を倒して強くなっている。
ここはそう言う世界だと言うことはわかる。
「おれがお前を倒す理由は、ムーンやサマルを世界の人々を悲しませたことだ」
 御託を並べられても、わからないもはわからない。
ハーゴンの言葉が全て正しいとは限らない、自分達が習ったものも歯抜けだらけで、真相は闇に葬られている可能性も否定できない。
「ご先祖もきっと悩んだんだ。どれが正しいなんて言えない。だけど、これだけはわかるんだぞ」
 竜王の曾孫が言ってた。
ハーゴンが顔を利かしていることが不愉快だと。
そして、ロト三国以外の町々でもハーゴンに怯えている声がある。
海の魔物が増え船が沈み、防衛できない国や小さな村は滅びを待つしかない。
今、この現状を良しとしているのは、目の前にいる人物だけだ。
「どんなことでも、世界を滅ぼす闇の卵を使っていい理由にはならないんだぞ!」
 ローレの言葉を聞いてか、俯いていた顔を上げるムーン。
「そうよ。あなたに復讐されることを知っていた先祖は止める手立てとして、私達を導いたのよ。先祖の言葉を信じなくてはダメよね」
 対側にサマルも並び立つ。
「皆が幸せになる方法が他にもあったかも知れない。その選択肢を提供できない僕達も悪だろう。でも、その理由で世界を滅ぼしちゃダメだよ」
 大きな事、重い過去。
それらは今生きる上で反省すべきだろう。
過去の過ちは繰り返してはいけない。
闇の卵の犠牲者はこれで終わりにするんだ。
「そうか、ならば許さぬ。この力とお主達の加護、どちらが強いか試させてもらおう!!」

 ロレンLv.30、最終決戦の火蓋が落とされる。