Lv.28:絶望を体験した。

「そうよ! マヌーサよ」
「どうしたの?」
 銀世界を歩いている時にムーンが唐突に声を出した。
「攻撃がキツイ相手いたじゃない? 視覚を奪えば良かったのよ」
 ムーンが言うには痛恨が飛んで来る【ギガンテス】に効果がないか、次あったら試すとのこと、ラリホーと合わせれば強いのではないかと言う。
 一行は新たな決意と共に、ロンダルキアの祠からハーゴンの城を目指し歩いている。

 

 話は少し遡る。

「お主らは竜王をどこまで知っておる?」
 あの時、神父は全てを語る前にそう質問した。
「竜王の曾孫には会ったぞ!」
「竜王は我々の先祖が倒して、闇から光を取り戻したと言う。有名な一節と歴史は習っております。我々はそれに従い、今ここに参りました」
 簡単な話だと思ったらサマルが丁寧に話し出す。
その一節はちゃんとではないが覚えている。
『世界の危機が訪れる時、勇者となりて旅立つ。そして、その悪しきモノを討つべし』
 建国し王族になってもこの言葉がある限り、他の誰でもないロトの血を引くもの達が動かなければならない要因である。
「そうじゃ、なぜその言葉を残したか、それは何時になるか定かではないが、悪は必ず現れる。それが、わかっておったからじゃ」
「悪が再び世界を闇に落とすと知っていた?」
 声が震えるムーン。
そうなると知っていたのなら、なぜこの曖昧な言葉だけを残し、復活に関わることを残さなかったのか。
もしちゃんと伝わっていたらムーンブルクは…滅ぼされることが無かったはずだと、抑えていた感情が爆発する。
「……彼奴は二度と復活しない方に掛けたかったのじゃろう。三度の竜王との戦いで切り離すことに成功したのだからな」
 嘆くように遠くを見る。
『三度』これはどう言う意味だろう。
ロト三国に伝わっているのは一度の交わり…。
そこで思い出すのは要領の得ない竜王の曾孫の話だ。
『死ぬと代は変わるのじゃ』
 曾孫であることから、数は合う。
しかし切り離すとは何を?
そもそも竜王は何かに取り憑かれていたと言うのだろうか。

 デルコンダルでもそれに類する言葉を聞いた。
『わしの先祖も竜王の眷属を倒した列強じゃが、そなたらも負けておらぬな』
 一度は一人だった勇者も二度、三度に渡る戦いでは仲間がいたと言うことだろう。
現に竜王の曾孫は頂点を狙うと言いつつ、魔物同士の共闘はせず、ハーゴンを倒すことを望んでいる。
「つまり、ハーゴンは竜王から切り離された何かに取り憑かれたと言うのですか?」
 サマルは確認するように尋ねる。
それに肯定するように神父もまた頷く。
「何かってなんだ?」
「彼奴らは『闇の卵』と呼んでおったな。封印場所は嘗て精霊の大地ルビスが祀られていた、現ハーゴンの城。つまりここじゃ」
 切り離し浄化できた、それは二度と現さないように最も聖なる場所であるここロンダルキアに封印した。
しかし、ハーゴンがそれに目を付けここを攻め入り、そしてその闇の復活を望んだ。
「ハーゴンは、闇との同化で、世界を征服する力を得ようとしておるのじゃろう」
 闇が濃くなり魔物達はその恩恵を受け凶悪になっている。
「これが最大に極秘になっている。勇者の軌跡じゃ」
 国を揺るがす程の戦いが書かれていた以上に深かった。
世界を恐怖に陥れると言う現状を人々には伏せ、あの時以外は全て平和が続いていたと言い続けた。
ロト一族だけが戦える準備を怠らず警戒するように一文を残す。
しかし、月日は残酷で、平和に溺れたロト一族は、怪しげな雰囲気を漂わせるハーゴンの動きを見極め切れなかった。
世界が、ムーンブルクが闇の勢力に落ちた時、初めて先祖が残した言葉を思い出したと言う。
それが今である。

「まだ世界は完全に闇に落ちてはおらぬ。行けっ! ロトの子孫達よ!!」
 鼓舞するように神父は叫ぶ。
その横でシスターがおっとりと言葉を紡ぐ。
「しかし、今はゆっくりしてください。皆に僅かな休息と安寧を…」
 そして、青く輝く見慣れた渦を指し示す。
「これは下の世界に戻る旅の扉。戻りたいならお入りください」
 一方通行の扉。
やり残したことがあれば戻るのも吉だろう。
「ありがとうございます」
 一行は静かに頭を下げる。
色んな真実を聴き過ぎて脳内が飽和状態であった。

 

 想定外の昔話を聞かされてもやることは変わらない。
勿論、全てを理解したわけではない。
ただ、ハーゴンを倒すと言う目標に力が入っただけである。
野放しにしてはいけない存在。
今それは目の前にいる。
「マヌーサは効いたわ! でもラリホーは無理!」
 目を顰めながら【ギガンテス】一か八かの痛恨の一撃が飛ぶ。
あの巨体から振り下ろされる最大級の攻撃は、例え盾や剣で防いだとしても無駄である。

「ザオリク」
 意識が戻る。
大分死に慣れてきた。
そう言うと怒られるかもしれないが、数を重ねると慣れるしかない。
「ありがとなんだぞ! しかし今のはなんだ?」
 初めて耳にした呪文である。
いや、実際には何度か耳にしただろうが今回、初めて認識したと言うところだ。
「蘇生呪文だよ。隙が大きくなってしまうから戦闘中は使えないけどね」
 苦笑いで伝えられた言葉に驚く。
何と世界樹の葉をいっぱい持っている状態じゃないか。
「ローレ。だからと言って、ホイホイ死んで良いわけじゃないのよ?」
「うっ、わかってるんだぞ」
 腰に手を当てて念を押される。
この時のムーンには全く頭が上がらない。
「ローレは魔法の耐性が低いからねー」
 今回の死因は【ギガンテス】の痛恨の一撃だったが、魔法効果が効きやすいローレは【ブリザード】のザラキを良く喰らっている。
心臓が凍りつくようなあの恐怖は、受けていて気分が良いものではない。
ムーン達が恐れていた理由を体感して、初めて実感が湧き焦る意味を納得する。
途中から出てきたピンクの巨体の悪魔【アークデーモン】がムーンの最強呪文と同じイオナズンを唱えてくる。
マホトーンも効き目が無く、体力が削られること必至、ハーゴンの城に着くまでもが死闘である。

 最も油断していたのは——【シルバーデビル】の上位版のような立ち回りをする——【デビルロード】
ピンクの毛になって体力があるだけだと思っていた、その一瞬である。

「メ、ガ、ン、テ!」

 ゆっくりと唱えられた呪文。
「何だそれは?」と言う暇さえなかった。
とてつもない爆発は、雪が圧し固まってできた地面ですら抉る。
その爆風にローレ達も唯では済まない。
一瞬にして全てを飲み込んだ。

 

「……………」
 ……。
四方を見回す。

生きている?

「伝説の勇者の子孫に光あれ」
 淡い光が体を癒す。
ここはロンダルキアの祠。
あの悲惨な状況下でもロトの御守りはきちんと役目を果たしたらしい。
無言の棺桶が並ぶ様はやはり異様である。
急いで旅の扉へ向かい全員を蘇生してもらう。

「………」
「………」
 蘇生されたサマルもムーンも放心状態であった。
一度、ベラヌールに戻って、宿屋に泊まり心を落ち着かせる。
「まさか、自爆呪文が飛び出すなんて…」
 心の動揺、目の前の威力に恐怖と気圧されて、考えがまとまらない。
「僕らを倒せればそれで良いのだろうか」
 あまりにも狂った攻撃に言葉を失う。
こんな二人に何と声をかけたら良いか。
ザラキなんて可愛いものに見える即死級の攻撃魔法。
「あのさ…」
「ローレ…——そうね、今回私達が受けた魔法は、自分の命と引き換えに相手に最大の攻撃を与えることができる、禁断の呪文よ」
 困っている姿に少し落ち着いたのか整理するようにムーンが教えてくれた。
あの時の爆発の規模は確かにとてつもなく。
最大の攻撃魔法のイオナズンですら可愛く感じるほどである。
「…あまりにも悲惨なものだから、研究段階で闇に葬られたと聞いている。魔物には関係ないんだろうね」
 元気なくそう言うサマル。
防ぐ手立ては無いにだろうか。
ローレの訴え虚しく、首を横に振られただけである。
「相手が唱える前に倒すしかないわ」
 そんな重い空気のまま、其々一夜を明かすことになった。

 ロレンLv.28、絶望のオンパレード。