紺碧の盗賊

 彼奴を初めて見たとき、とても頼りないと思った。
勇者は不幸を呼ぶ悪魔の子と呼ばれ、大国という強力な組織から追われる羽目になった。
信じていたものに裏切られたのだ。
そのお陰で自己の立ち位置が曖昧になり、捨てられた子犬のようにフワフワと彷徨っている。
何を信じたら良いのか分からなくなったのだろう。
差し出された手を必死に掴んで、グッと耐えているそんな様子が窺い知れた。

「自分の居場所なんて、誰にも分かるわけねーよ」
 カミュも定住はなく相棒——既にコンビは解消している——と共に点々と旅をしていた。
何をしても虚しさだけが心を支配し、それを振り払おうと盗みを繰り返していた。
今回もその虚しさを埋めるべく、大物を手に入れようとしてちょっとしたミスで捕まり、監獄へ落とされた。
その後、脱獄を企てていた時に勇者を名乗る少年と出会ったのである。

 その危なげな勇者はあんな事があったにも関わらず、呑気にスヨスヨと寝息を立てている。
寝顔からは何を思っているのか読み取れなかった。
脱獄後に寄った勇者の帰郷であった村の大惨事は、何も知らないカミュ自身の心にも突き刺さるような酷さである。
家の形は皆無、そこに住んでいたであろう村人は姿形もない廃村と化していた。
そこまでするかと、エゲツなさが漂う。
生前の村がどんなだったのか、皆目見当がつかないぐらいだ。
 唯一の情報はカミュの言葉を疑うことすらせず、ノコノコとついて来て、寝首をかかれても文句は言えないこの状況で眠っている彼だ。
そんな純真無垢に育っていることを鑑みて、その環境が如何に愛に満ちていたか、捻くれて育ったカミュでも分かる程、温厚で優しい人達だったのだろうと想像が付く。

「結局、泣かなかったな」
 呆然と何処を見るわけでもなく、滅びた村を眺めている時も残された建物にかつての面影を見つけた時も、ただ無表情に立ち尽くしているだけだった。
受け入れられていないのか、はたまた覚悟していたのか。

 出会ってそんなに月日が経ってないが、彼の心の強さを見た気がした。
確かに不安そうにフラフラと彷徨っていて頼りないが、絶望を突きつけられたはずの瞳は死んでいなかった。
真っ直ぐにこちらを見つめ協力を仰ぐその瞳は、人を魅了する程、硬い意志を持っていた。

「あのヤローに言われた言葉も気になるしな」
 彼と会う前に言われた預言者の言葉も気になる。
彼が本当に勇者ならば、助けた恩恵で救われるはずだ。

本当に? 一体どんな手段を使って?

 手元にある赤く煌めく玉は元々カミュ自身が手にれたいと思っていたものである。
偶然の一致か、はたまた…。
今、その予言の通り彼と共にいる。

「しょうがねー。もう少し、付き合ってやるか」
 カミュは焚き火に木を焚べ、寝に入る。
この商人や旅人のために建てられた聖なる場所では何故か魔物が寄ってこない。
油断はしないが、寝ずの番をしなくて良いのは楽だ。

 もう一度、既に寝ている彼を垣間見る。
完全に熟睡していることにまた頼りなさを感じつつ、堂々としているその様もまた大物なると感じているのも確かだ。
共に行くと決めた時点で、すっかりカミュも彼に魅入られた一人になってしまったのかもしれない。

「……バカらし」
 変なところまで想像してしまった思考を断ち切り、樽を背にして目を閉じる。

夜空には無数の星が煌めいていて、焚き火の煙が天高く上っていく。
まるで一本の道筋を示しているかのように…。

 END