紫紺の勇者

 人の記憶というものはとても曖昧で、凄く危ういものらしい。
鮮明に記憶しているつもりでも、時の旅を終えた後の記憶はとてもフワフワしていた。
 過ぎ去りし時を求めて、ここまで来たというのに、そのことが起こってそうだったと思い出す始末。
何とか、一番重要な使命だけは果たせて首を傾げつつも笑う彼女の姿を確認できたことに安堵する。

 しかし、これが限界だった。
もっと過去、それこそこ魔王が、ユグノアを、バンデルフォンを、滅ぼす前に戻れたら、両親は死なずに済んだだろう。
例え戻れたとしても、運命を変えれる力は赤子にはない。
それが残念で仕方がない。
記憶にない両親のことはあまりピンと来ていないのだけれど、祖父の悲しみを見るとそこまで時が戻れば良いのにと思うのだ。

 巡る旅の中、二度目の父の元に行く。
また、父の旅立ちを見送る。
救える力があると言うのに、残念でならない。
今も暖かい愛情は育ての母を通してでしか実感できないのだから。

ごめんなさい。
愛してくれてありがとう。
あなた方の息子で幸せです。

 また、旅をしていると仲間の言動が少し面白い時がある。
時を壊しても一度溜めたものは、何処か破片とともに散らばっているようで、時折あるはずのないデジャブが襲うようだ。
何故そう思うのかと言うことを説明していない。
あそこまで反対された行為を押し切ってここにいる。
本当のことを話せばきっと怒る。
それでも彼女に、皆に生きて欲しかった。
渡しそびれた種を見る度に切なくなっていたから。

 暗黒の太陽が舞い降りた時から世界を回ると一つ一つが自身の知っている過去と相違することも少し似通ったこともあった。
されど違うものでも良き結果へと導かれている気がする。
殆どの人がまだ犠牲になっていない。
人の、仲間の涙ももう見なくて済む。
自身の未熟さを呪わなくて済むのだ。

「なんか最近変わった?」

 怪訝そうに見られても、まさか時を壊して遡ったまでは想定できないだろう。
首を傾げ、曖昧に笑えば、「変なの」と言いながら、追求を諦めてくれる。
知っていることも多々あるが、想定外の事態は今現在起きている。
サマディールの砂漠に浮かぶ黒き太陽がまさにそれである。
今まで以上に魔物が強くなり、町々を幾多にも襲っているのだ。
あの時のような、多くの犠牲を出す前に止めなければならない。
まだ、大樹が枯れずに世界を見守ってくれている。
せっかく良い方向に向かっているのだから、誰も死なせたくない。

 この紋章にかけて…世界を救う。

 これがあの時に置き去りにしてしまった大切な人達への償い。
一人では何もできなかった。
絶望の中、皆が支えていてくれたから、命を推して護ってくれたから、最後までこうして前を向いていられる。

 手に入れた剣を額に付け、騎士の真似事をする。
誓う相手は見えることのない大樹か、目の前の人々にか。

諦めない思い。
必ず多くの人々が安堵できる世界へ。

これがこの世界の勇者の使命。

揺るがない決意

END