感謝の気持ち

「キャァァァーーーー!!」

 ミーティアの声が当たり一面に広がった。
その後、必死で名前を呼んでいる。
しかし、ミーティアに抱きかかえられる形で少年は背中から肩にかけてできた切傷から血が流し、ぐったりしたまま、動かなかった。

 背後では魔法を発動した爆発音と共に剣と爪の交わる音。

「姫様、ご無事ですか!」

 ミーティアに2人の兵士が駆け寄る。
しかし、彼女は衣服の一部を赤く染め、泣いていた。

ミーティアの初めての友達なのに……
どうして、どうして、

「ごめんなさい。死なないで…」
 弱弱しく謝る。

 兵士は動かないミーティアに失礼と抱き抱え城内へと非難する。
もう一人の兵士が力なく倒れている少年をどうしようかと一瞬躊躇する。

「はよ! 少年も城へ入れんかい!」
 王の声で、はっと我に返り少年を抱え、トロデが乗る馬車と共に城内へ駆け込んだ。

「とんだことになったのう」
 泣き叫ぶミーティアを痛々しそうに眺めながら王はそう呟いた。

 辺りは闇へと変わりつつある。

感謝の気持ち

 

 ことの起こりは少年と姫が別れた後で発生した。
「しかし、あそこに少年が…いや人がいるのは不思議だな」
 兵士の独り言のようなその言葉にミーティアが反応した。
「どういうことです?」
「あっ、いえ、そのすみません」
 兵士は自分が考え事を口に出しているとは思わずに慌てる。
が、ミーティアはそんなことどうでもいい。
彼の言う意味を知りたいだけだ。
「どういう意味です?」
「いえ…はい。近頃交流が盛んだといいましてもこの辺りは寄り道にしては不便な場所です。ですから少年が一人遊びに来る場所ではないかと思いまして……」
 小さな少女にしかも一国の姫君に何を話してるのだと、兵士は思ったが、純粋な瞳に見つめられて言い訳が思いつかなかった。
回りくどい言い方で、ミーティアは意味を理解するに多少時間がかかった。
「……えっ、エイトはひとりなの!?」
 はい。と肯定の返事をすると姫は、大変! とばかりに引き返そうとした。
それには、兵士も慌てる、自分の失言だ。余計なことを姫に言ってしまったのだから…。
「お待ちください! 彼のことに関しては後に我々が行きますから姫様は城にお戻りください」
「でも、彼は聖水を持ってないのよ? 魔物に襲われたら…」
 もう、城は目の前だというのに姫は引き返すといって聞かなかった。

 姫は手を掴まれても頑張っていたが、所詮子どもの力では到底かなわない。
このプチ騒ぎを聞き、門番も何事かとやってきた。
「それが……」
 あらかたの説明をする。
それを聞くと門番も困ったように呟く。
「おいおい、陛下が帰って来るんだぞ」
「わかってるよ。そんこと」
 兵士が門番に話している時に隙ができた。
ほんの少し、緩んだ手をミーティアは逃さず振り切り、泉の場所へ駆け出した。

「姫! お戻りください」

「ミーティアはエイトを助けに行きます」
 少し振り返った後、そう叫んで再び走り出そうとしたが、「チュウ」という声に驚いて下を向く。
「トーポ…」
 花の冠を作っていたときにエイトがこのねずみをそう呼んでいた。
ということはと、視線を上げると肩を上下してこちらに走ってくるエイトが見えた。
「良かった、無事だったのね」
 ミーティアも近くまでより、再度無事を確認する。

「姫様。危険ですお戻りください」
 再び兵士の声が聞こえた。
エイトがここにいるということはもう、泉には用はない。
「わかりました」とかけてくる兵士にそういい。
エイトの方を向いて、手をさし伸ばす。
「行きましょう」
 一瞬戸惑ったもののエイトは素直に手を受け取る。
その肩で、トーポが嬉しそうにチュウと鳴いた。

 兵士や門番すべての人が安心したそのほんのちょっとした隙だった。
兵士からわずか数メートル地点。
聖水が切れてしまったからか、それとも、兵士からはぐれ弱い子ども達だけになったからか、
影に隠れていた3匹の魔物が、ミーティア達を襲ったのだ。

 今から駆け寄っても間に合わない距離。
そこにいた兵士はこの瞬間をどれだけ悔やんだか…。

 ミーティアは恐怖のあまり目を瞑る。
そして、ドンという強い衝撃で後方へ突き飛ばされた。

 だが、その衝撃のみで次はこない。
不思議に思い目を明けると目の前で魔物の攻撃を受けエイトが倒れる姿を
まるでスローモーションのように見えた。

「キャァァァーーーー!!」

 

「うむ。そんな事が…」
 王座に座ったトロデが兵士から事情を聞きそう呟いた。
トロデも馬車で帰ってくると自分の娘の悲鳴が聞こえるではないか、
慌てて、外を覗くと魔物と兵士とが戦っているわ、ミーティアが兵士に抱えられてるわ、
見たこともない少年が倒れているわで、少々慌てた。
「私がついていながら、姫を危険な目に合わせてしまい申し訳ありません」
「いや、怪我せんでよかったわい。しばらく姫の外出は禁止じゃな。そなたは…」
 考えるように一度言葉を切る。姫のお付の兵士は頭を下げ王の言葉を待った。
「エイトの様子を見てきてくれ、二三気になることがあるしの」
「はっ!」
 下げていた頭をさらに下げてから、ゆっくりと立ち上がり失礼しましたといいながらすばやく立ち去った。
「わしも見に行こうかの」
 ぴょんと台座から飛び降りる。
「王が出向かうほどではございません」
 何処へ行くのかと大臣が止める。
「自分の娘の様子を見に行って何が悪い?」
「失礼しました」
「ついでに、ミーティアを守った少年も見てこよう」
 ボソッと、そう呟いてテテテっと兵士が去った場所とは反対側の廊下へ走っていった。
後ろの方で大臣が小さくため息をついている。

ミーティアの部屋の前にいる、兵士の敬礼を頷くように受け、トロデはミーティアの寝ている部屋へやってきて聞いた。
「ミーティアの様子はどうじゃ?」
「王、今はぐっすりと寝ておられます」
 教育係のラナはやさしくミーティアの頭をなでている。
母のいないミーティアにとってラナは母親代わりともいえる存在。
安心できるのだろう。
静かに吐息を立てているミーティアを見てトロデは安心した。
「そうか、よかったわい。わしは心臓が縮こまったぞ」
「私もです」
「自由にさせすぎたかのう」
 少し、姫の願いとはいえ城の外に出したことを後悔しながら呟く。
「申し訳ありません。私が考えなしに約束してしまった所為で…」
「いや、わしもそのことを許可した身。同罪じゃよ」
 ラナは「いいえ」とゆっくりと首を振り、危険と彼女の思いを天秤にかける。
のびのびと育ってほしいこれはトロデ思いとラナ自身の願いでもあり、今は亡き王妃の願いでもあった。
古くから使えているラナにとって、ミーティアはかけがえのない宝物である。
しばらく沈黙が続いた。
それを破ったのはふと思い出したことを口にだしたラナであった。

「……。ミーティア様を助けたのは少年と伺いましたが…」
「おぉ、そうじゃ。彼の様子も見てこんと……」
 ミーティアにはひどい怪我もなかったのも彼のおかげだと聞いている。
ミーティアも疲れて眠るまで、悲しそうに彼の名を呟いていた。
「後のことは任せるぞ」
「はい」
 ラナにそういい。
今度は少年が眠る居室へと足を運んだ。

「陛下! このような場所に……」
 先ほど、様子を見にきていた兵士がトロデの出現に慌てる。
「ええい、姫を助けた少年の様子を見に来たんじゃ!」
 どいつもこいつも、わしは王じゃぞ! と言いたげに足を踏む。
こちらとしては、王だからこそなのだが、多分理解してもらえないだろうと諦める。
「でじゃ、少年の様子はどうじゃ?」
「…怪我の方は治療を済ませました。神官いわく、心身ともに衰弱しているそうです」
 顔色は血を流した所為か少し青白く、痩せこけている。
しかし、寝顔は悪くないので一安心というところだ。
「孤児か?」
「わかりません。が可能性はあります」
 ココ近年は平和で、孤児は少なくなっている。
向こうの大陸の教会がはやり病で、閉鎖になったとかという話は聞くが子どもが海を渡れるはずもなく。
もしかしたら、モンスターに親がやられてしまった可能性がある。
ドラペッタやリーザス村に聞き込みをしようと思案する。
「名は確かエイトじゃったか…。ミーティアと同じぐらいの年じゃな。世の中はなんと惨いのう」
「………」
「エイトが起きたら、良いものを食べさせるんじゃぞ!」
 乗っていた椅子の上から飛び降り、今日の用事は済ませた後は寝るとするかというように、肩に手を置き首を左右に傾げながら欠伸をした。
「はっ! それで私の処分は?」
 恐る恐るというように兵士は尋ねた。
「ええい、今忙しいんじゃ! 明日言うから待っておれい!!」
「すっすみません」
 このせっかちが! っとブツブツいいながら部屋を出て行った。

 

 ミーティアに使えているラナは真夜中に目を覚ました。
今日は一日彼女の様子を見ておこうと、ミーティアの側で本を読みながら座っていたのだが、
いつの間に寝てしまったのかと、キョロキョロと辺りを見回す。
「ミーティア様?」
 ガタッと、音を立てて立ち上がる。
ベッドに寝ているはずの彼女の姿が見えない。
パサッと落ちるガウン。
きっとミーティア様が掛けてくれたのだろうと嬉しくなる。
いくらか落ち着きを取り戻し、ミーティアを探す。
変な姿勢で寝ていた所為だろう体中が痛い。
「年は取りたくないものね」
 そう呟きながら、廊下へと出て行く。
廊下では、兵士が眠たそうに見張りをしていた。
「そこの貴方、ミーティア様のみなかった?」
「あっ、はい。お手洗いに行くとか言っておりました」
 ラナ様は疲れているだろうから起こさないでっと、言われましたので……
あっ、ご安心ください、兵士が1人こっそりとついていってます。っと報告してくれた。
「そう、ありがとう」
 コツコツと音を立てながらミーティアが行っただろう道のりを辿る。
が、目的地に着いたというのに、彼女の姿は見当たらなかった。
はて、何処のトイレに行ったのか? っと小さく首をかしげる。
クルリと辺りを見回してから、捜し求める。
「姫を見なかったか」と、見張りをしている兵士達に聞く。
「見なかった」とか「あちらに行くのを見ました」とか返してくれる。
それに、お仕事ご苦労様といいながら進んでいく。

 いったい姫は何処に……。
もしや、と思い当たる節の場所まで近づくと1人の若い兵士がラナに手招きしている姿が見えた。
あぁ、やはりと思いながらその兵士の下へ歩んでいく。
「ラナ様。この場合、本来なら止めるべきでしょうが、私がそれをしていいものか判断に困りまして……」
 っと、視線をあるひとつの部屋にいる人物へ向ける。
ラナもその視線の方向を見た。

 もうこれは予想的中と言うべきであろう。
ミーティアはエイトと言う少年の元へ来たのだ。
ベッドの横の椅子に座り、ミーティアは静かに彼の様子を見ている。
彼の起きる気配はない。ラナは一呼吸おいてミーティアの元へ向かった。
「ミーティア様」
 やさしく声を掛ける。
「ラナおば様……」
 ミーティアは涙が出るのを必死でこらえるかのように顔をくしゃくしゃにして俯いた。
「エイトは何も心配要りませんよ。明日になればきっと目を覚まします」
「初めての友達なの。花輪の交換もしたのよ。なのになのに怪我をさせてしまった」
 ボロボロと涙を流しながらラナに抱き付く。
ラナは優しくミーティアの頭をなでた。

 初めての友達。

ミーティアの言葉で彼女は孤独だった事に気づいた。
幸せそうに笑っているし、楽しそうに城の周りを駆け巡っている毎日。
だが、やはり同世代の子どもがいないのは辛かったのだ。
そう、いくら大人が遊び相手になってるといってもどこか違う。
もしかしたら、外へ行きたいというのはそういう意味でのわがままだったのかもしれない。
寂しさを紛らわすのと、友達を探しに行くという目的があったのだろう。
憶測だが彼女を見ているとそんな気がする。
「そう、では、お礼を言わないといけないわね、『ありがとう』と」
「?」
 少し驚いたようにラナの顔を見る。
涙で汚れているが彼女にとって余程意外な言葉だったのだろう。
驚きで涙が止まっている。
「怪我をさせたことを詫びるのもひとつだけど、助けてくれたということに対して感謝の気持ちを忘れてはいけませんよ」
 にっこりやさしく笑う。その言葉を聴きミーティアはしばし考えた後、こくんと小さくうなづいた。
「さて、そんな顔をしていてはお友達に心配を掛けます。顔を洗って元気に挨拶しましょう」
「うん。明日は綺麗なお洋服を着てエイトに会いに行きたい」
「素敵な提案ね」
 元気を取り戻してくれてほっと一息を付き、顔を洗いに水場に入った彼女背中を見送った。
「ラナや…」
「陛下」
 薄明かりの中、突然トロデの声に驚く。
「イヤ、ちと心配でな」
 照れたように、そっぽを向いた。
そんな様子に少し笑ってからひとつの案を出した。
「陛下。もし彼が…エイトに身寄りがなくば、城においていただけませんか?」
「本よりそのつもりじゃよ」
 トロデもラナも同じ気持ちだった。
お互いミーティアに甘いのを再度自覚し笑いあった。

「それにの彼には帰るところがないかもしれん」
「どういう意味でしょうか?」
「長年の感じゃよ」
 どうじゃ、尊敬に値するじゃろ? と目を光らす。
「年はそんなに離れてないと思いますが?」
 私の知らない情報があるのではないかと付け足す。
しょうがないのうとばかりに情報を提供してくれた。
「…服装じゃよ。いろいろ調べた結果、彼の着ていたのは何処にも載っていない異国の服。子どもの彼に聞いて分かるかどうか……」
「優しいのですね」
 トロデがいい終わるまでにそう言った。
そこまで分かっていても彼を城に置くというのだから…。
「違うわい、ミーティアのためじゃ!」
 侵害じゃと言うようにそう言い捨て、ドガドカとその場を去っていった。
これではどちらが偉いか分からない。
クスッと笑ってこの国は彼が治めている限り安心だと思った。
「顔を洗い終わりました! ……ラナおば様?」
 タイミングよくミーティアが戻ってきた。
「いいえ。今日はとても素敵な日になったと感じただけですよ」
 そう、最悪な日だと感じていたのに、どうやらこれは何かが変わる切っ掛け日なのだと今は感じる。
疑問符を飛ばしているミーティアに微笑みかけ、「さっ、行きましょう」と手を差し出した。

 夜明けは近い。

 END–