「んじゃぁ、この数字に倍賭」
カラカラと回るルーレットを見ながらククールはコインを差し出す。
エイトほどの強運者ではないが、頭を使うことによってある程度は稼げる。
ポーカーが主流じゃないのことにもう愚痴を溢すほど落ちぶれちゃいない。
サヴェッラ大聖堂では何も噂されなかった。
まるで、居もしない奴の事を聞くんだと言いたげな雰囲気だった。
そう、始めからこの世に存在しない人物。
教会の汚点は無かったかのように存在すら抹消されている。
マルチェロは法王にもなっていないし、ニノの御付になった経由も消えている。
「んなのありかよ」
思わずそう呟いてしまった。
死人どころか存在さえ無視なんて酷い仕打ちだ。
落胆を覚えて、ゆっくり階段を下りるとゼシカが、ぼーと旅行者たちの話を聞いている姿が見えた。
「よっしゃ! 来た来た来た!」
見事、その数字を当ててご満悦にコインを貰い受ける。
「お客さん運がいいねぇ」
感心したようにディーラーが話しかける。
ククールはそんなディーラーに不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「今日は負ける気がしないぜ」
「ほう、言いますね」
ディーラーの目にも光が燈る。
いつの間にやら一対一の勝負になっていた。
ククールは気にせず次の数字を考える。
ゼシカを騙してサザンビークに行く予定をベルガラックに変更した。
先ほどの仕打ちに少々苛立ちを覚えていて、カジノでパーッと騒ぎたかったからだ。
案の定、ゼシカに怒られて一人でくる羽目になったが…。
ここは余計なことを考えずに済む。
現実逃避、満足感の代償。
無意味だとわかっているが、こればっかりはどうしようもない。
「そもそも俺はあいつに会いたいのだろうか?」
無意味な疑問だ。
会えても会えなくてもきっと旅を続ける。
会ったらどうするとか、すでにこの世に居なかったらどうするのかとか考えていない。
ただ、闇雲に旅を続けているだけだ。
「何故、旅を続ける?」
はっ、それこそ無意味な疑問だ。
「ディーラー俺の勝ちだな」
「やれやれ、今日は調子が出ませんね」
あっさり負けを認めてコインを差し出す。
「サンキュまた頼むぜ!」
軽く手を振り、ルーレットの場所から立ち去る。
その足で交換所に行き何に変えようか思案する。
まぁ、在り来たりだが祈りの指輪でもサービスするか。
こんなもので機嫌直す奴じゃないが、無いよりましだろう。
ベルガラックの宿。
わざわざゼシカはククールの分の宿を取っていたくれていたようだ。
「取ってくれてるのはありがたいが…。その部屋の鍵を自分の部屋に持っていくのはどうかと思うぜ」
盛大に誤解を招きそうな行動にため息をつく。
ゼシカじゃない相手なら、別の意味に捉えることが出来るがこの限りではない。
メラゾーマが飛ばないことを祈りながら、夜の二時過ぎにゼシカの部屋に行く。
小さくノックしてもやはり返事は無い。
こんな時間だ寝てしまっていると考えるのが道理だろう。
何気なく回したノブ。
不要人にも部屋の鍵は開いていた。
小さな声で名を呼びながら中へ入る。
自分はいったい何をしたいのかと悩む。
鍵は机の上に二個載ってあり、番号で自分がどちらかはわかった。
ベッドのほうに視線をずらすとゼシカは静かに寝息を立てていた。
月の光が窓から入りゼシカを照らす。
そっと息を呑む。
やましい考えに思考を支配されかけたが目の縁にたまっている涙の後を見て我に返る。
町を転々と彷徨い歩くと決めた朝。
一人静かに出て行こうとしたとき、ゼシカに見つかり、なぜか一緒に旅をしている。
サヴェッラ大聖堂で姫さんとエイトが幸せになった。
夕暮れから夜にかけて、そんな最高に幸せな雰囲気を引きずって皆が盛り上がっていた。
ゼシカも大喜びしていたはずの真夜中に一人孤独に泣いているゼシカを見てしまった。
そんな翌朝だったから余計に断りにくかったのかもしれない。
何故あの時、一人静かに泣いていたのか。
自分のことのように一喜一憂していて尚且つ、幸せになて良かった良かったと酔っ払ってヤンガスとワンワン泣いていたあいつがだ。
そりゃぁ、一時期エイトを惚れた乙女の表情で追っていたのは知っていた。
不思議の泉で姫さんを見て不安を漏らしていた事も知っている。
ただ、あの旅の最後のほうは吹っ切れていたはずだ。
まどろっこしい二人の関係を愚痴っていたし、両思いなのにこんな仕打ちは許さないとか、世の中こんな不条理でよいのかと罵声を上げていた。
俺自身同意したし、同じように言い合って意気投合していた。
それに馬の姿のミーティア姫を友達だと言い切って良く話しかけていた。
だから、俺自身あいつの事を本気で好きになっていたと自覚した時。
俺にもチャンスはあると思っていた。
告白するでもなく、ただ側にいるだけしかできない俺。
勇気が無いとかそんなんじゃなくて、どうしたらいいかわからなかった。
自分にそんな資格があるとか何もかも投げ出していいのかとか。
ゼシカは俺を仲間以上に思っていないことも知っていたから、踏ん切りがつかない。
振られ覚悟の告白はまだ出来ていない臆病者。
だから、好きな奴を作らずのんきに過ごす彼女を見て安心していた。
それに、今一緒に旅が出来る喜びも感じている。
野心が入り混じっていて断れなかったのかもしれない。
例え、向こうは同情だったとしても…。
まだ、俺たちは繋がっているとそう思いたかったのかもしれない。
チャンスが巡ってきた。
そう感じずに入られなかったのだが…。
「この涙の訳を俺は知りたい」
気づかぬよう静かな動作で光る涙に口付けをして静かに立ち去った。
あの夜、流した涙と同じものなのか。
ゼシカはまだエイトのことを思っているのか。
吹っ切れていないのか。
友達のことを思い、諦めの笑みを浮かべて見送っているのか。
多くを助けてくれたゼシカ。
この先、俺はお前を助けるチャンスをくれ…。
見えぬ心。
俺は未だに恐怖している。