大聖堂での噂

 サヴェッラ大聖堂の階段下付近の小さな広間。
日常生活雑貨や大聖堂を見学しにきた旅行者が泊まる宿屋などがある部分だ。
神秘的で一般人が無縁の場所と思える大聖堂に比べて、ここはなんとも人間味のある生活感あふれる場所である。

「いやぁ、ここでの王家の結婚式とはさぞ盛り上がったでしょうね」
「こんな大舞台で結婚式ができるなんてほんとにうらやましい」
 大聖堂を見学に来てまだ興奮が収まらないというよう話していた。
そこにちょうど買い物に来ていた宿屋のおばさんが声をかける。
「おや、その噂どこから聞いたんだい?」
「世界中が噂してるよ?」
 何せ、王家同士の結婚だ噂にならないほうがおかしいとばかりに言った。
ただ、一般市民が立ち入り禁止というのがいただけない。
トロデーン国一の宝という姫様を人目拝みたかったよ。
旅行者は互いにここで行われた言う噂の結婚式に思いを馳せる。
そんな旅行者に宿屋の女将さんは何度目になるかという説明を始めた。

「あれねぇ、少々誤報があったみたいでさ。正確には婚約式だったんだって」
 しかも、トロデーンのお姫様のお相手が遅刻してきたって話。
何にも聞かされてなかったんだろうねぇ、旅装束で駆けつけてたよ。
「旅装束? 大国サザンビークの王子じゃ…」
「さぁねぇ、何でもサザンビークの王が認めた相手だとかで、チャゴス王子ではないらしかったよ」
 実際に王子様とか見たことないものにとってこの話は後々から聞いた話で憶測の域を出ない。
ただ、サザンビーク出身の人から聞いた話だと、なにやらこってり絞られた王子が凹んでいると言う事。
自分の結婚式だと言い張っていたにもかかわらず、それが当日の夜にガセいうことで国王から報告があったらしい。
何かあったのでは? とここまで興味本位で来た人が語ってくれたのを思い出した。

「へぇ、結婚式じゃなくて、トロデーンの姫さんの相手をお披露目会ってところですか?」
「そういうことになるねぇ。ともに手を取り合って幸せどうだったと実際に見た人が言っていたよ」
 酒場代わりの宿屋で、口々に話し内容を聞いているだけでもとても良かったという話だ。
綺麗なお姫様とそれに恥じない雰囲気の相手。
その相手の名は誰も知らず、誰かがその名前を呼んでいたのだが大勢の声の中に消え、心に残っているものはいない。
「私も見に行きたかったよ」
 とばかりに女将さんはため息をつく。

「はぁ…贅沢なもんですなぁ。婚約発表だけでこんなところを使うなんて…」
 結婚式はどんな盛大なものになるんだろうと思い馳せる。
横で寛いでいた少女が抑えきれないというように、にやけた顔でその話を聞いていた。
途中、何度も噴出しそうになり、ろくに紅茶が飲めない。
「噂って怖いものね。今はそんな風に言われてるんだ」
 っと、口には出さず心で思った。
何せ、当時のことを事細かく知っているのだから、微妙に違う噂を聞くと笑いたくて仕方がない。

 旅装束だったのは当日結婚式をぶち壊しのために乗り込んだから。
それが、婚約式になっているとは上の情報操作もやるものだ。
式は壊れるどころか乗り込んでいった本人が優雅に出てきたのには少々驚きもしたが、上手くまとまっていたようだった。
乗り込むまでの彼の姿は見ていて辛かったし、幸せならいっかと気にしていなかった。
「むむっ、気にしはじめると気になるわね…」
 彼が王族であることをサザンビークの現王グラビウスは認めてくれたのか?
それとも別の要因が…。

 

「おい! ゼシカ」
 耳元で大きな声がして腰掛けていた椅子から転げ落ちそうになった。
「ちょっとククールいきなり耳元で叫ばないでよ!」
 びっくりするじゃないとばかりに睨みあげる。
「だったら、遠くて呼んでいるときに返事しろよ」
「あらそう? ごめんなさい気づかなかったわ」
「ひでぇ…。んで? 何をそんなに真剣に考え込んでたんだ?」
 そっけないゼシカにため息つきながらククールは先を促す。
「あっ、ねぇ、ククール知ってる? グラビウス王がエイトを認めた理由」
「いや…」 
 わからないが、もしかしたらエイトに兄王の影を見たのかもしれない。
どこまで知っているのかエイトがどこまで話したのかは知らない。
ただ、哀愁漂うグラビウス王を見ればそんなところだろうと勝手に解釈した。
「そっか、ククールも知らないか…」
 まだ少し気にしてますという風に考え込むゼシカそれを見て、少々思案した後ある提案を出す。
「…。何なら直接訊きに行ってみるか?」
「えぇ!!」
 驚くゼシカを見ながら我ながらナイスアイディアとゼシカを促す。
「それにこの時期だともうすぐバザーが始まるころだろ」
 少々渋っていたゼシカだが、バザーと聞いて目を輝かす。
前に一度行った時は慌しくて旅に必要なもの以外は見れなかった。
今回、別に急ぐ旅でもないし、ククールが提案しているのだから迷いの天秤は簡単にそちらに傾く。
「よっしゃ、行くぜ!」
 ククールは気合入れて移動呪文を唱えた。
もちろん、ゼシカの手はしっかりと握って…。

 

「って!! どこをどう間違えたらここに来るわけ?」
 ガチャガチャとうるさく光るネオン。
夕暮れを赤さにも負けぬよう煌々と輝いている。
そう、ククールと共に飛んできたのは、カジノで有名な町ベルガラック。
「まっ、手元が狂ったんだ。今日は遅いし明日サザンビークに行くとしよう!」
 ククールは嬉々としてベルガラックの街に入る階段を上がって行った。
しばらく、睨んでいたゼシカはゆっくりと目を閉じてため息をついた。
「ふう、嘘が下手なんだから…」
 どれだけの付き合いがあると思ってんのかしら…。
他の者ならともかくこのゼシカ様をごまかせると思ってんの。
二つの複雑な思いはまだ解けてないのだろう。

 ククールの兄マルチェロの事。
会いたいと会いたくない。
知りたいと知りたくない。
宙ぶらりんで身動きが取れないのを嫌がると同時にこのまま曖昧にして置きたいと動けずにいる。
矛盾する思いどちらも本物である。

「まぁ、私には関係ないんだけどね」
 そう思うと同時に何故かククールと離れたくなくて側にいたい。
同情か哀れみか、所詮相手に大して失礼極まりない。
「私も物好きだわ」
 何でこんな奴の事が気になるんだろう、ほっとけないのだろう。
共に過ごす中、心の中に引っ掛かりには嘘はつけない。
エイトじゃなくて、ククールに寄り添うことは妥協したように感じている。

 エイトはミーティア姫との幸せを選んだ。
最初っから最後までゼシカの入る隙さえも無く。
だったら、相手の幸せを願い、遠くから見守り、未婚のままで過ごすのも悪くないのに、自身はククールと共に旅することを選んでいる。
それじゃ駄目、まるで試験に落ちて第二希望を選ぶようで、ほいほいと行く自分が許せない。
ククールが何も言わないからきっと甘えているんだわ。

「最低な女ね」

 自嘲してからゼシカはゆっくりと階段を上り始めた。
ククールと違って憂さ晴らしはカジノじゃ出来ないから、今日は一人勝手に食事を済まして早々に宿で寝ることにした。
どうせ今日は帰って来るまい。
宿に荷物を置き一息を入れる。

そう、時たま日々の旅ではあまり気にしない事柄が不意に蘇る。
自分の立場と心の行方。
それは決まって、ククールが不安定になり他者に気を使う余裕がなくなった時。
そう、今この状態だ。
ククールは何の情報を入れたかわからない。
ただ、わかることは荒んでいるということだけ…。

窓の外。

徐々に暗くなる部屋を見つめながら思考に溺れていく。

 END–