旅の始まり

 すべてが飲み込まれた。だからこそ、見失うわけにはいかない。

 ここはとあるお城の最上階。辺りは荒れ果て、中央には歪な魔法陣が描かれている。
その魔法陣に駆け寄るは一人取り残されたこの城の兵士。
屋上で目覚め、生きているものを探し回り、ここへたどり着いた。
そこで漸く見つけた生存者が二人。
その二人がいた場所は封印の間と呼ばれる杖を厳重に守っていた部屋である。

 兵士はそこにいた二人の姿を見て、息を飲む。
一人は醜き魔物へ、一人は四つ足で歩く動物へ、姿形を変えられていた。

 事の経緯を聞くも、荊で覆われた原因がまさかそんな事でと、不測の事態に停止する思考。
 

 暫しの沈黙。
取り残された三人は、呆然としていた。
未だに蠢く蔓がゆっくりとだが侵食していく。
現状を省みるにずっとこのまま、ここにいるわけにもいくまい。
しかし、いざ動くとなるとそれは困難を極めた。
四つ足で歩く動物となった一国の姫、外見は面長の顔に翠玉の瞳、黒き鬣、白き身体、スラリとしかしどっしりとした気品の良い脚、蹄は手入れされてしっかりとしていた。
そう誰がどう見ても馬である。
しかも気品のいい馬だ。その馬の姿へと成り果てた姫は階段すらまともに降りることができない。
兵士は、姫の体を支えるという恐れ多いことをさせてもらいながら、ゆっくりと階段を下りる。

 ひょこひょこと、その後ろから付いてくるは醜き姿に変わり果ててしまった小さき王。肌の色は緑となり、耳は尖り、背は曲がり、ひしゃげた手は筋張って、頭部の髪は寂しいものとなった。
不幸中の幸いは言語が操れ、以前と変わらず歩くことができる事だろう。
 時間をかけて一番下に降りたとき、ここで唯一、身体のどこにも被害にあっていない兵士は上段にまだいる王に向かい跪く。

「陛下」
 物思いに耽っていた王は兵士の行動で我に返り慌てて階段を駆け降りようとした。それを制しするかのように静かに王の名呼ぶ。
「なんじゃ?」
 怪訝そうに見つめる王。
兵士は真っ直ぐに剣を立て王を見据える。
「我、この剣に誓いて主たる王をこの命に代えて守り抜く事をお許し願います」
 静かに響く声。
その誓いの言葉は兵士が昇級し、直に王族を守る役職につく時に王と兵士の間で交わす契り。
この兵士が何故今この言葉を吐いたのかを知り、王は小さく頷き、ゆっくりと手を前に出し言う。
「うむ、許そう。たった今からお前はこの王家直属の衛兵に命ずる」
 城は破壊され、人々は荊に飲まれた。
この国で生き残っているのはこの三人だけである。
しかし、兵士は醜き魔物を王と認た。城は滅びようと王が生きており、それを国民が認めるならば、国はまだ滅んでいない。
「はっ!」
 ゆっくり膝まついている兵士―近衛兵の横を通り過ぎるとき、王は耳打ちをする。
「期待しておるぞエイト」
「はい!」
 エイトは希望にすがるように笑う。
その横で状況を見ていた姫が嬉しそうに嘶いた。

 これから長い旅が始まる。

【END】