No.10:光の玉。

「という訳です。使われることはないかもしれないが、また暫く預かって欲しいのです」
 導き出した答えを賢者に伝える。
「お主らは揃いも揃って無責任だのう」
 複数形で語られる。
もう片方は恐らく勇者ロトだろう。
未来を手渡す選択肢を与えているようで時の流れに縛り付ける行為。
生き証人とはまさにこのことである。
手渡した太陽の石を素直に受け取り、賢者は元あった宝箱へと納めた。
「貴方に預けた方が安全です。どこへどうして行くかは自由にしてください」
 己に束縛する力はない。
それに竜王がいなくなってから荒れていた海は、船で行ける程に穏やかになっている。
「罪なことを言う。逃れる事のできない運命と言うことか。彼奴もわしを置いていった。力の均衡をとか言うてな」
「やはりロトは恐怖の対象になったのでしょうか?」
 人の畏怖の対象になった勇者、次に誰を標的にするか分からない恐怖を過去のこの国の人たちは持ってしまったのだろうか。
「勇者は最後まで勇者であるべきと言って、黙って出て行きよった。恐らく完全に世界を救いたかったんじゃろうな」
 黒き闇の卵の復活は必ず有るだろう。
それはいつ起こるか分からないもの。
いつ起こるか分からないのに怯えていても生活はできない。
不安を煽るだけの物事には口を閉ざす。
こうしてこの国はいつ来るか分からない恐怖を揉み消し、国として立ち続けてきた。
「一つ聞きたいことがあります。光の玉とは…」
「それに関してはわしより、あいつが適任だろう。城の中で勇者信仰をしておる」

「おおカミよ! 古き言い伝えの勇者アレフに光あれ!!」
 ラダトーム城の入り口から右手の奥まったところにいる。
冒険の前半で大変お世話になった老人。
「……。何か聞きたそうだな。己にできることは魔力の流れを研究して開発されたのがこの玉。魔力をこの玉に留めることができ、それを少しづつお主に供給しているに過ぎない」
 どう質問していいか答えに窮しているとこの目の前にある水晶が嵌め込まれた杖について教えてくれた。
「いえ、そう言うわけではなく。光の玉の作用を…」
 神から授かった魔物達を封じ込めることができる玉。
竜王が闇に閉じ込めたと言われるもの。
「光の玉か、あれは闇と対になるものだ」
 光があるところには闇もまたある。
光が強けれ強いほど闇もまた深くなる。
強すぎる光もまた身を滅ぼす。
「竜王は闇を光の玉で中和をしようとしていたのか?」
 なぜ、世界を闇にしようとしたのか、竜は元々気高き神族だったのではないかとも言われている。
しかし、ドムドーラの町を滅ぼし、光の玉を盗み、姫を誘拐した。
「老師様、闇の卵を見ました。それが光の力を上回ったのではないでしょうか?」
 横にいたローラがあの竜王城で見た惨状を元に立てた仮説を説明する。
つまり、竜王は目に見えない何かに侵食されていた。
それに囚われることは、プライドが許さなかった。
ギリギリまで理性を保ち気高く生きる。
それが彼の誇り…。

「竜王の心は誰にも分からんて、考えるのはやめた方がいい」
 老人は首を横に振り止める。
分かることは再び脅威が訪れる可能性があること、現時点で卵を破壊する手段がないこと、その手立ての模索、又は破壊できないのなら対抗できる勢力を早期に固めなければ成らない。
「お主は世界を、アレフガルドを一度救ったのだ。再び悩ませることはあるまいて」
 ゆっくりと手を掲げいつもと変わらぬ癒しを与えてくれる。
「旅立つのだろう? 未だ見ぬ海の向こうへ」
 優しい声色と共にこれ以上、踏み入ることの拒絶。
国を出るものがこれ以上国のことを知り過ぎてはいけないと、迷ってはいけないと背中を押された気がする。

「……あなたが預言者ムツヘタ?」
 勇者という枠組みで一人の人間の運命を狂わせた。
その再来を望んだ人物。
竜王の脅威に並みの人間では太刀打ちできない。
力は力で対抗するしかない。
絶望する人々に希望を与える予言が必要だったのだ。
ずっと見守ってくれていたのだろうか。
己を己の行く末を…。
預言者と言えども全てが分かる訳ではない。
「私はただの姫の元教育係でここに居座る『光あれじーさん』それだけだ」
 己の役目は終えた。
人々が勇者を畏怖の対象になる前に突き放す。
勇者ロトと同じ運命を辿らないように…英雄であり続けるために。
闇の卵のことは次の勇者を待つと言うのだろうか。次なる運命を狂わせる人物は…。
「光の玉を宜しくお願いします」
 ゆっくりと頭を下げその場を後にした。

 トランペットが青い空に響き渡る。
花火だろうか白い煙と派手な音がそれに合わせて宙を描く。
ここを救いし勇者の門出。
いや、この国民に愛されし姫君の旅立ち。
姫のために用意された大きな船は多くの人に見送られてゆっくりと故郷の地ラダトームを離れる。

 No.10、決別の船。