No.06:雨雲の杖。

「そなたが無事に倒したようじゃな」
 老人いや賢者は開口一番に目を細めて迎え入れてくれた。
ここは温泉の村マイラの西にある雨の祠。
雨雲の杖を管理している賢者が住まう所である。
「もう一本いるか?」
 賢者は宝箱から取り出し、ローラ姫に渡す。
「大した力は無いが虹の雫の片棒を担いでおったものじゃ、今後の役に立つじゃろう」
「ありがとうございます」
 キョトンとしていた姫は笑顔で受け取る。
「やはり量産できるものだったのだな」
 唯一無二の太陽の石とは別に複数生産できる雨雲の杖。
賢者は技法を代々継承してきた存在だという。
「そこまで量産はできぬよ。雨の降る日に魔力を貯めることができる杖を用いて、雲をかき集めるとできる。口で言うのは簡単じゃが強いものを作るにはそれだけ年月がかかる」
「どう言うことですの?」
 言葉の意味は理解しているが、なぜその会話が今行われているのか把握できずにいる姫が尋ねる。
「勇者として選ばれたのは一人ではないと知るきっかけです。リムルダールの町にいた戦士も雨雲の杖を所持していたのです」
 やっとの思いで手に入れた雨雲の杖を既に別の人が手に入れていた。
モンスターの強さを鑑みて、王により己の力を試されたと言う結論に至るのに時間はかからなかった。
重圧の解除と落胆、どちらが強かったか今ではもう分からない。
「彼には色々助けて貰いました」
 彼がいなければ、落ちぶれていたのは己だったかもしれない。
あそこから動けないでいた彼だったが、色んなことを知っていた。
それが心の助けとなった。
孤独ではないと。
「まぁ、そうだったのですね」
「まだあそこにいるのだろうか」
 最後に会ったのは竜王を倒すため、竜王城に乗り込む前のときだ。
既に遠い記憶のように感じて苦笑いが漏れる。

「して、まさかその事について聞きに来たわけではあるまい」
 あのとき、忽然と消えたのはその瞬間に銀の竪琴を返しに行っていたそうだ。
ガライの町にルーラで飛んでいけることが凄く羨ましい。
「竜王か、勇者ロトのことを知っていたら教えてくれないか」
 簡潔に用件を述べた。
「ほう。竜王とな。なぜ気になさる?」
「力を手に入れた直後に世界を支配しなかった事について、少し引っかかりを覚えてな」
 ローラ姫を攫ったのは己が旅立つ半年前。
ロトの鎧を奪うために町を滅ぼしたのは少なくとも十年以上前。
ラルス王が決定打に欠き、手をを拱いている間に全ての世界を滅ぼすことは容易だったのではないかと勘繰る。
「お前さんがその疑問を持ったのが、平和な世の中にしてからで助かったのう。多くの者がそこで竜王の口車に乗せられ帰らぬ人となった。彼奴は策士じゃ。ただの魔物ではなかった」
 賢者はそれから口を噤み己に背を向けた。
賢者はそれぞれ何かを知っているだがそれを教えることはないだろう。

「………。竜王、勇者ロト」
 話を聞けば聞くほど、その実態は不透明となる。
謎が謎を呼ぶだけで何の解決にもならない。
己が考えているよりも複雑で解きほぐすことが不可能なもののように思えてくる。
 溜息と共に空を見上げる。
マイラの村の名物、露天風呂。
湯気の向こうに煌めく満天の星。
己が物心ついた時から空は暗闇だったこの世界。
竜王の支配が継続していたら、少なくとも己はこの夜空を見ることが叶わなかっただろう。
己が成し遂げたことに後悔はない。
しかし、知らなさ過ぎる。
己の行き先は己で決めると誓った。
どんな形であれ、納得いく回答を見つけなければ…。
「アレフ様、まだおられますか?」
 湯気の向こうから聞き慣れた女性の声が聞こえる。
………え?
「いや、待て…あ、いや、直ぐに出ます。そこを動かないでください」
 そうだここは混浴なのだから姫も入るに決まっている。
考えが煮詰まっていてつい長湯をしてしまったようだ。
「大丈夫ですわ。ご一緒させてくださいませ」
 いつもの調子でとんでも無いことを言う。
しかし断ろうにも一度決めたことに関して、彼女は己が折れない限り、承諾を要求する。

 ここから先の出来事は己の口からは言えない。
あえて言うなれば、翌日宿屋の主人に『昨夜はお楽しみでしたね』と久しぶりにそう告げられたとだけ、言っておこう。

 No.06、健全なる精神。